第2次再審請求・事実調べ 2003. 9.24 〜 2004. 3.11
☆ 『 第2次再審請求に対する事実調べ 』が行われました! ( 2003. 9.24 )
平成15年9月24日(水)、水戸地裁土浦支部(彦坂孝孔裁判長)で<布川事件>の第2次再審請求に対する事実調べがあり、その第1回目となる今回は、弁護団が新証拠として提出した<意見書>を作成した木村康千葉大名誉教授(法医学)に対しての証人尋問が行なわれました。
今回の証人尋問は、前半を山本弁護士、後半を山川弁護士が担当し、当時の鑑定書などに基づいて主に殺害方法やその手順に関して同名誉教授に証言して戴きました。
( 上の写真は、夕刻に行われた報告集会で報告する山本弁護士と佐藤弁護士 )以下は、その要点をまとめたものです。
1. <殺害方法>については、次の理由から<絞殺>と考えられる。
@ <扼頸>ならば当然あるべき頸部の圧痕や甲状軟骨、気管軟骨の骨折などの内部所見がないこと
A 前頸部に横走する表皮剥脱が見られ、それと平行して前頸部より項部にかけて3本の表皮剥脱があること
B 頸部の右胸鎖乳突筋下に出血が見られること2. <殺害の手順>については、次の理由から絞殺後に口腔内に<布様物>を挿入したものと推定される。
@ 口腔周辺や口腔内粘膜に損傷が存在しないこと
A その<布様物>は、かなりごわごわした物で抵抗する人の口腔内に押し込むのは不可能なこと
( 上の写真は、報告集会で挨拶する桜井昌司さんと杉山卓男さん )
※ なお、佐藤弁護士からは、先日検察官に対して提出していた<質問状>に対する回答があったとの報告がありました。その質問というのは、8月の全国現地調査のときに報告された<新事実>に関するもので、その要旨は次のとおりです。
被害者の玉村さんの前頸部にあった<白木綿パンツ>の下に<名入タオル>があったことに対して検察官に説明を求めたところ、それはダンボール箱の表紙が剥がれて付着したものだとの回答があった。これについては、まだ不合理な点が多々あるので、今後もこの問題を追及して行きたい!
※ 今回の裁判所要請行動は、21名の守る会会員の皆様の参加を得て、「 証人尋問を公開にして欲しい。少なくとも請求人の配偶者と守る会代表者の傍聴を認めて欲しい 」との要請を行いました。当日は平日の上、しかも雨天だったにも拘わらず、多数参加して戴き有り難うございました!
☆ 『 第2次再審請求に対する事実調べ 』の第2回目が行われました! ( 2003.10.21 )
前回に引き続き、平成15年10月21日(火)に水戸地裁土浦支部(彦坂孝孔裁判長)で<布川事件>の『 第2次再審請求に対する事実調べ 』が行われました。今回は、前回の証人である木村康千葉大名誉教授(法医学)に対しての検察側の反対尋問。
検察側としては、木村証人の証言内容の瑕疵(かし)を突き、そこを突破口として証言全体の<信用性>を否定したいところですが、今回の反対尋問は全く決め手に欠け、むしろ前回の主尋問を補足・補強する結果となり、証言内容の<信頼性>はさらに確かなものになったと言えます。
この日、<証人尋問>を非公開とする決定
をした裁判所前は、人の姿もあまりなくひっ
そりとしていました。検察官の反対尋問の内容について報告する
青木弁護士。とても分かり易い説明でした。※ 今まで検察庁内に保管されていた書面で、弁護側には開示されていなかった6人の目撃証人に対する捜査報告書や警察官及び検察官に対する供述調書が、この日やっと開示されました。この中に、中野区野方のバー<じゅん>のママさんに対する供述調書等があり、その供述内容が桜井さんのアリバイ供述とどの程度一致するかが1番の注目点!
また、他の目撃証人の<供述内容>が時間の経過に伴い、どのように<変遷>していったかを詳しく調べることによって、捜査当局が目撃証言を意図的に歪めて行った事実を知ることが出来ます。
なお、検察庁内にはまだまだ沢山の<未開示証拠>が保管されている筈で、弁護団は今後も引き続きそれらの開示を要求していく予定です。
今回の開示証拠について報告する佐藤弁護士 次回証人尋問の要点を解説する谷萩弁護士 ※ 茨城守る会では、この日新たに30団体、5,831名分の署名簿を水戸地裁土浦支部に提出しました。
☆ 『 第2次再審請求に対する事実調べ 』の第3回目が行われました! ( 2003.12.16 )
平成15年12月16日(火)に水戸地裁土浦支部(彦坂孝孔裁判長)で<布川事件>の『 第2次再審請求に対する事実調べ 』が行われました。今回行われたのは、ガラス戸実験の鑑定を行った国交省国土技術政策総合研究所の河合直人構造基準研究室長に対する弁護側の主尋問です。( 下の写真は、同日夕刻より行われた報告集会で説明する谷萩弁護士 )
<布川事件>の弁護団は、第2次再審請求に際し、ガラス戸に関する新証拠として、 @岐阜工業高専の新井英明教授に依頼した『ガラス障子実験報告書』と A東京理科大学の直井英雄教授・河合直人助手(当時)に依頼した『ガラス戸の破損に関する鑑定書』 を提出しています。
今回行われた事実調べの証人は、日本では数少ない木造建築構造の専門家で、共同鑑定人として上記Aの鑑定書を実質的に執筆した方です。
※ 現場の状況(検証調書・捜査報告書)
@ 8畳間と4畳間との境のガラス戸2
枚が4畳間側に倒れ込んでいる。A 東側ガラス戸の上部2枚のガラスが
割れて、4畳間側の直下(敷居付近)
に落ちている。
東側ガラス戸の4畳間側から見て左
上隅の仕口に損傷 (ホゾが折れ、上
框に割れ) がある。※ 今回の尋問で明らかになったことは、
@ 自白や確定判決で言われているように、偽装工作のために下框(したかまち)を蹴った衝撃でガラス戸が壊れることはあり得ないし、ガラスが割れることも考えにくい。
A 実験の結果、ガラス戸に30p以上の大変形が生じた時にガラス戸のホゾが破損し、ガラスが割れたことが判明。そのことから、ガラス戸の破損は格闘による大変形の結果と考えられる。
B 激しい格闘があったと考えた方が、8畳間の床が落ち込み、衣類が散乱していた犯行現場の状況とも合致する。( 下の写真は、報告会の席上挨拶する桜井さんと杉山さん!)
※ また、この日弁護団は、検察側に対して被害者宅(事件現場)に残されていた毛髪に関する<鑑定書>の開示要請を行いました。これは、昨年4月に行った最初の全面開示請求から数えると8回目の開示請求となるもので、その<鑑定書>には、現場に残されていた8本の毛髪(内1本は陰毛)が桜井さんと杉山さんの毛髪とは一致しないことが記載されている筈なのです。
― これも2人が犯行現場に居なかったという証拠の1つです。
☆ 『 第2次再審請求に対する事実調べ 』の第4回目が行われました! ( 2004. 1.27 )
去る1月27日(火)に水戸地裁土浦支部(彦坂孝孔裁判長)で<布川事件>の『 第2次再審請求に対する事実調べ 』が行われました。今回は、昨年12月16日(火)に行われた国交省国土技術政策総合研究所の河合直人構造基準研究室長に対する弁護側の主尋問に引き続く、検察側の反対尋問です。
( 下の写真は、同日夕刻から行われた報告集会の様子!)
この日行われた事実調べでは、同証人の提出した『 ガラス戸の破損に関する鑑定書 』の鑑定内容について、検察側が疑義を質(ただ)した訳ですが、検察側の反対尋問は精彩を欠き、今回も弁護側の主張をただ単に補足・補強するだけの結果となりました。
検察側の反対尋問は、たとえば @ ガラス戸の下框(したかまち)を蹴っただけでは、どうしてガラスが割れないのか、とか A 現場にあったガラス戸(米杉)と実験に使ったガラス戸(杉)とでは、材質が異なるし、古い木材と新しい木材とでは強度に差があるのではないか、といった内容でしたが、同証人からは、@については「 下框を蹴った程度では力が弱いからだ 」といった当然過ぎる回答を引き出しただけであり、又Aについては「 材質および木材の経過年数によって強度に差はない 」と明確に否定されました。
また、前回の事実調べで弁護団が検察側に対して被害者宅(事件現場)に残されていた毛髪に関する<鑑定書>の開示要請をしたのに対し、この日検察側から<意見書>の提出がありましたが、検察側の回答は、そのような<鑑定書>は存在しないという素っ気ないものでした。
しかし、昭和42年8月30日付<領置調書>には、「 毛髪・鑑定中 」との記載があり、また別の<捜査資料>の中にも「 毛髪若干量・鑑定中 」と記載されていることから、検察側の回答には全く納得しがたいので、弁護団では再度開示要請していく予定です。
☆ 『 第2次再審請求に対する事実調べ 』の第5回目が行われました! ( 2004. 2.19 )
去る2月19日(木)に水戸地裁土浦支部(彦坂孝孔裁判長)で<布川事件>の『 第2次再審請求に対する事実調べ 』がありました。今回の証人尋問は、昨年行われた木村康千葉大名誉教授(法医学)の証言に対する反証として検察側が請求していたもので、現在東京都監察医務院院長で筑波大学名誉教授の三澤章吾氏に対して行われました。
( 下の写真は、同日夕刻から行われた報告集会の様子!)
同氏の証言の要旨は、以下のとおりです。
1. 殺害方法は扼頸(やくけい)か? 絞頸(こうけい)か?
頸部(けいぶ)の甲状軟骨に骨折がなくても<扼頸>の場合があり、その点だけを以て<絞頸>だと断定することはできない。秦医師の鑑定書からは<扼頸>か<絞頸>かの区別はつけられない。
2. 頸(くび)を絞めたのが先か? 口にパンツを詰めたのが先か?
被害者が元気な時に口の中に布を押し込んでも口の内外に傷ができない場合もあり、どちらが先とも言いきれない。また、死体の腐敗が高度に進んでいる為に痕跡が残っていない可能性もある。
さらに同氏は、以上の点を踏まえて、木村意見書では、<絞頸>した後で口の中にパンツを詰め込んだと断定しているが、それは必ずしも法医学的な合理性を有していないとした上で、明確にどちらだと断定することはできないが、敢えて<扼頸>か<絞頸>かと問われれば、自分は<扼頸>だと思うと述べています。ただし、同氏は筑波大学の医学部教授だった時代に茨城県警や水戸地検の委嘱(いしょく)を受けて、これまでに数々の司法解剖をされて来られたそうです。(『 悪を裁く法医学・殺人捜査 』三澤章吾著/にちぶん文庫 )
その意味では、検察側はいわゆる<身内>に鑑定を依頼したとも言え、当然のことながら検察寄りの証言になっているという点を割り引いて考える必要があります。
なお、三澤章吾氏の<意見書>を良く読んで戴ければ分かりますが、同氏は<木村意見書>を全面的に否定している訳ではありません。
すなわち、その部分を簡単に要約すると、「 死体所見のみからは 扼頸があったか否かを断定することもできないが、これを完全に否定することもまた困難である。前頸部の線状の表皮剥脱は、本屍の頸部に巻かれた布様物の存在を考慮すると、むしろ(その)布様物により形成されたとする方が自然であろう 」というように<殺害方法>については曖昧(あいまい)な表現ながら<扼頸>を仄(ほの)めかす一方で、前頸部の表皮剥脱は<パンツ>によるものだろうと言っています。ということは、結局<絞頸>だということになるのでしょうか・・・?
また、『 絞頸が先で、口腔内に布片を挿入したのは後 』だとする「 木村意見書の様な考えは十分に可能性はあろう 」とその余地を残しながらも、他の可能性も考えられるので「 木村意見書は法医学的に必ずしも合理性を有するとはいえない 」と最後に結論づけているのです。
このように<三澤意見書>の論調は、<木村意見書>の内容を法医学的には合理性がないと排除する一方で、検察側にとって有利となるように、意図的に<扼頸>だと断定したいものの、それを法医学的に立証するような材料に乏しいため( 逆に言えば、死体の状況が<絞頸説>に有利なため )にそのような断定ができないという<もどかしさ>を随所に感じさせるものとなっています。論理展開がスッキリしないのは、きっとその為なのでしょう・・・!
☆ 『 毛髪鑑定書 』が検察側からやっと開示されました! ( 2004. 2.19 )
この度、証人尋問の直前になって突然検察側から提出された『 毛髪鑑定書 』は、昭和42年11月2日付の鑑定書で、これまで検察側はその存在を全面的に否定していたものです。検察側は「 別に隠していた訳ではない 」と弁明していますが、今回の出来事は<未開示証拠>がまだまだ存在することを暗示しているようにも思えます。
( 下の写真は、同日夕刻から行われた報告集会での1コマ!)
これまでにも、桜井さんと杉山さんの<頭毛>が被害者宅から領置された<頭毛>とは「 類似しているとは言えない 」とする昭和42年11月24日付の『 毛髪鑑定書 』は開示されていましたが、今回開示された鑑定書はそれ以前に取手警察署の鑑識課によって作成されたものです。
この鑑定書には、被害者宅から領置された7本の<頭毛>と1本の<陰毛>のうち、5本の<頭毛>は「 (被害者の頭毛に)類似するものと判定し得られなかった 」と明確に記載されています。これは、<第三者>の頭髪である可能性を意味するもので、あるいは<真犯人>に結びつく重要な証拠とも言えます。
なお、この時行われた鑑定は、肉眼的・顕微鏡的検査に基づくものなのだそうで、もしこの時の<鑑定資料>が現存するならば、現代の科学を以てDNA鑑定をすることも出来ます。是非とも、その証拠物の提出も検察側に請求して欲しいと思います。
※ 余談ですが、近年における遺伝子情報分析技術の発達により、肉体的特徴を特定するような検査法が少しずつ開発されて来ていて、「 専門家の中には、"DNA情報による似顔絵"の精度は15年以内に目撃証言によるものを追い抜くだろう、と予測する者もいる 」( ポピュラーサイエンス日本版 2004年2月号/トランスワールドジャパンKK ) そうです。
もし、本当にそのような技術が完成したならば、現場に残されていた<毛髪>からあるいは<真犯人>を割り出すことが可能になるかもしれません!
☆ 『 第2次再審請求に対する事実調べ 』の第6回目が行われました! ( 2004. 3.11 )
去る3月11日(木)に水戸地裁土浦支部(彦坂孝孔裁判長)で<布川事件>の『 第2次再審請求に対する事実調べ 』が行われました。今回の証人尋問は、前回行われた三澤章吾東京都監察医務院院長に対する弁護側からの反対尋問です。
同証人は、今回の証人尋問でも<扼頸>と<絞頸>のどちらの可能性もあるが、どちらかと言えば<扼頸>だと思う、と証言されたようです。基本スタンスとしては、そういう事なのですが、心情的にはちょっと違っていたようです。
これは当初から予想されたことですが、同証人は何を聞かれても<扼頚>に結び付けて答える有様で、証言としては非常に聞きにくい証言だったそうです。しかし、裁判長から「 秦鑑定書に扼頚を示す記載はありますか?」と質問されると返答に窮し、「 ありません 」と答えざるを得なかったそうです。
同証人は、何の根拠もなく<扼頸>を主張していたようで、その意味では、<三澤証言>こそ法医学的な<合理性>を有していないと非難されて然るべきだと思われます。
ところで、今回の事実調べでは驚いたことに、桜井さんと杉山さんの<意見陳述>が認められました。そこで、桜井さんは「 これまで検事が『 ない 』と言っていた資料が、存在根拠を指摘したら出て来た。検事(のやり方)は汚い!」と述べた上で、再度検察側に<捜査資料>の全面開示を要求したそうです。
なお、これまで3人の証人に対して計6回にわたって行われた<事実調べ>も今回でひとまず中断し、同支部では6月末までに今までの<証人調べ>についての意見書・答弁書等を弁護側、検察側双方に提出させた上で、4月〜5月にかけて慎重に検討し、今後どうするかは、6月に提示するとのことでした。
『 布川事件の第2次再審請求 』の行方がどうなるか、今後しばらくの間は少しも目が離せません!!
※ なおこの日、布川事件守る会では、新たに24団体、2,377名分の署名簿とその他7団体の決議文を水戸地裁土浦支部に提出しました。