[資料8−5] 三 澤 意 見 書
― いわゆる「 布川事件 」についての意見書 ― 平成14年11月 7日
※ 読み易さを考慮して適宜スペースを設け、漢数字を算用数字に、漢字表記の単位を記号表記に直しましたが、内容はほぼ原文通りです。
意 見 書
第1章 緒 言
平成14年9月20日付水地捜第197号をもって、水戸地方検察庁検察官検事園部典生発行の意見書作成方依頼に対し、以下の通り意見書として提出する。
1. 資料
(1) 千葉大学名誉教授木村康作成の平成13年8月6日付「 いわゆる布川事件の被害者玉村象天に対する殺害行為に関する意見書 」
(2) 医師秦資宣作成の昭和42年12月1日付鑑定書
(3) 茨城県取手警察署司法警察員警部補小圷正夫作成の昭和42年9月22日付検証調書
(4) 弁護士谷村正太郎及び同柴田五郎作成の医師秦資宣からの昭和55年11月10日付聴取書
(5) 千葉大学教授木村康作成の昭和57年12月15日付「 被告人桜井昌司及び同杉山卓男に係る強盗殺人事件の被害者玉村象天の死因等に関する意見書 」
(6) 弁護人作成の平成14年7月29日付再審請求理由補充書2. 意見を求める事項
上記1の(1)の意見書の鑑定は、法医学上の合理性を有し、是認し得るのか。よって私はこれを了承し、上記資料を読み、検討し、意見書として作成した。
第2章 検 討 過 程
1 秦鑑定書について
資料1の(2)の医師秦資宣作成の鑑定書の中から被害者玉村象天にの死因に関すると思われる死体所見ならびにその他の主要所見について抜粋し記載すると、以下の通りである。
1) 概観:
被害者玉村象天の死体はすでに死後変化が高度であり、皮膚の色は概ね腐敗青銅色を呈し、胸部特に前胸部においては表皮が剥脱(はくだつ)し、汚穢暗赤色(おわいあんせきしょく)を呈する。左右上肢の表皮は剥脱(はくだつ)して汚穢暗赤色(おわいあんせきしょく)を呈する。左右下肢もほぼ同様。頭部は腐敗膨大し、頭皮は青銅色を呈し、蝿卵の発生を認める。2) 顔面:
顔面は汚穢暗赤色(おわいあんせきしょく)、青銅色を呈し、腐敗膨大する。所謂(いわゆる)巨人様顔貌をしめす。左右眼球は突出し、角膜は中等度に混濁するが、左眼は散大せる瞳孔を透見できるが、右側では瞳孔の透見は至難である。右眼球角膜には出血があり、右上下眼瞼(がんけん)および眼瞼結膜に出血斑を認める。左眼には認められない。鼻骨に骨折等の異常はない。@ 頭部より左右頬部にかけて、ほぼ水平な約21.0 pに走る弓状の圧迫創と思われる創傷がある。
3) 口部:
口腔内(こうくうない)には小児手拳大の布様物(布製パンツ様物体)が硬く挿入され、その残余の一部は口腔外にはみだしている。この布様物の挿入は、口腔内全体に強圧挿入されたもので、上下口唇粘膜は暗紫色を呈し、舌尖(ぜっせん)は挿入された布様物の後方に位し、舌は腐敗膨隆暗赤色(ふはいぼうりゅうあんせきしょく)を呈する。上下の歯列は布様物を咬み、歯列は左下顎第一大臼歯が欠損しているが、その他の歯牙に欠損はない。口腔内には布様物以外に異物はなく、口腔粘膜は全体に暗赤色を呈する。4) 頸部(けいぶ):
項部より左前頸部にかけて圧迫状にほぼ環状をなす布様物(白色布製パンツ様体)を認めるも、結節ならびに結節点を認めない。またその圧迫の度合は相当強度であり、布様物を除去すると左前頸部には次の様な損傷がある。
@ 頸部には頤部(おとがいぶ)の下方約5.0 pの部に横走する表皮剥脱がある。この横走する表皮剥脱より約3.0 pの左側頸部には、平行して前頸部より項部にかけて走る3本の表皮剥脱があり、長さは約2.0 p、約2.5 p、約2.8 pである。
A 頸部の右乳様筋下(正確には右胸鎖乳突筋下)に出血がある。
B 気管内粘膜に暗赤色粘稠液(ねんちゅうえき)の付着および粘膜の充血がある。
C 左右鎖骨部に出血はなく、甲状軟骨・気管軟骨に骨折はない。5) 胸部:
@ 右前胸部に圧迫創と思われる皮下出血部があり、その範囲は径約9.0 pである。
左右胸腔内には、薄い血性漿液(けっせいしょうえき)が多量貯留しているが、肋膜下の溢血点(いっけつてん)や筋肉組織間の出血は腐敗のため判別は不能。肋骨に骨折はない。両肺の腐敗の程度は他の臓器と比べて遅滞しているが、溢血性や充血性を識別し得る程度で、出血斑の判別は不能である。損傷はない。
心臓は腐敗のため原型を止め。心外膜下の出血は不明。6) 左右上肢:
@ 右手背腕関節部に皮下出血あり、その範囲は径約3.0 p7) 左右下肢:
左右足関節直上部に左右下肢を緊縛する布様物があり、タオル状の物で二重に緊縛し、外果部前面上部にて1回結節を作り、さらに同緊縛部上部を白色布様物(白ワイシャツ)にて前記緊縛を補強状に一重に緊縛し、前記結節部とほぼ同一箇所において2回の結節を形成する。その緊縛の度合は強く、両下肢の屈伸のみにて緊縛を排除することは至難である。2 本意見書において、特に意見を求められている項目に関する木村康作成の意見書(資料1−(1))からの抜粋
1) 玉村象天と加害者との争いがあり、玉村象天はその際右胸部に強打を受けて転倒、次いで加害者は布片を頸部に一巻き纏絡(てんらく)して絞頸し、さらに口腔内に布片をきつく挿入して放置したものと推測する。
口腔内に布片をきつく挿入したのは所謂(いわゆる)とどめの意味からであろう。頸部の表皮剥脱、右胸部の皮下出血、口腔内の布片の存在と口腔周辺や口腔内粘膜に損傷が存在しないこと、右手背の防衛創の存在は、この太陽を説明している。2) 本件玉村象天の死体には扼頸(やくけい)の所見はない。頸部に布片を巻いて、その上から頸部を手指で強く圧迫した場合には扼痕(やくこん)は形成され難く、本件死体のような細長い表皮剥脱は形成されない。内部所見として右胸鎖乳突筋に出血があるが、これは扼頸でも絞頸でも起こり得る一所見である。
3) 絞頸が先で、口腔内に布片を挿入したのは後と推察される。死体の口部周辺ならびに口腔内に粘膜剥離(ねんまくはくり)や粘膜下出血などの損傷がないからである。
3 玉村象天の死因に対する考え方
1) 秦鑑定書において、玉村象天の死亡に関与すると思われる所見は、@右眼球角膜の出血と、右上下眼瞼および眼瞼結膜に出血斑 A口腔内の布様物(布製パンツ様物体)の挿入 B項部より左前頸部にかけてほぼ環状をなす布様物(白色布製パンツ様体)と結節ならびに結節点を認めないこと C布様物を除くと頸部には頤部(おとがいぶ)の下方約5.0 pの部に横走する表皮剥脱があり、この横走する表皮剥脱より約3.0 pの左側頸部には、平行して前頸部より項部にかけて走る3本の表皮剥脱があること( 長さは約2.0 p、約2.5 p、約2.8 p ) D頸部の右乳様筋下(正確には右胸鎖乳突筋下)に出血 E甲状軟骨・気管軟骨に骨折がないこと、などであり、さらに死体の死後変化が高度に進行していると考えられる。
これらの所見を基礎として、秦鑑定人は死因の項で、絞頸を思考させる創傷の存在と、口腔内に圧迫挿入せる布様物の存在は、そのいずれか1つでも死因として窒息死を惹起(じゃっき)せしめるものであったが、何れか1つを重たる死因とするかを敢て極言するならばとして、口腔内に圧迫挿入された異物によって惹起せしめられた気管閉塞による窒息死が推定される、としている。( 秦鑑定書 説明第3項 死因について )
これらの結論に至った経緯は、記載された死体所見を総合して考えると理解されるものの、現時点で顧みると、@舌骨の骨折の有無、A頸部の線状の表皮剥脱を示す図ないし写真がないこと、B右胸鎖乳突筋の出血の部位、大きさなどを示す図ないし写真がないこと、C溢血点などが死後変化高度のため右眼以外で明瞭でないこと、など玉村象天の死因を考えるに際しなお不明確な点もあろう。
しかし、そのような不明確さが残る物の、得られた所見を総合して考えれば、秦鑑定は妥当と言えるであろう。
そこで、木村意見書〔 本文2−2 〕で問題にされている扼頸があったか否か、について考えると、扼頸とは「 手や腕などで頸部を圧迫して窒息させること 」と定義されている。扼頸の場合、一般に死体の外部所見として扼痕が出来ると定義されている。それは手指の圧迫による表皮剥脱や皮下出血が惹起されることによる。
また逆にこの表皮剥脱や皮下出血があると扼頸の可能性が考えられることになる。しかし実際の解剖例では明瞭に扼痕が存在するものから、ごく軽度の表皮剥脱しか認められない例まで一様ではない。
玉村象天の死体(以下本屍)では、死後変化が高度であり、表皮も全体的に剥離している状態であり、またこのような場合は溶血し、血色素の浸潤のため小出血は認めがたくなるということは良く知られている。したがって、もし仮に扼痕(やくこん)が本屍(ほんし)の生前に存在していたとしても、死後の腐敗のために確認されないということはあり得ることであろう。
また右胸鎖乳突筋下出血を扼痕(やくこん)と考え、その部の外表に表皮剥脱などの変化が仮にあったとしても明確には認められないことになる。さらに腕などの比較的に弾力性があり、しかもそれ程硬くない鈍体(どんたい)で頸部を圧迫する形の扼頸であれば、扼痕は形成されにくい。
この場合の死体所見として通常考えられるのは、外表においては腕による圧迫の跡( 腕、着衣などによる痕跡:表皮剥脱や皮膚粗造部など )、内部においては皮下・筋肉内出血や頸部軟骨周囲の軟部組織内出血あるいは頸部軟骨の骨折などが考えられよう。
本屍の場合、右胸鎖乳突筋下出血と前頸部左側の表皮剥脱があり、甲状軟骨・気管軟骨の骨折はないとされているものの、周囲組織内の出血については明確な記載はない。( 頸部軟骨の骨折や軟部組織内出血は絞頸などでも認めうる所見である )
したがって、本屍に対して腕などによる扼頸があったとしても死体所見としては一応理解出来るものであり、「 扼頸がなかった 」と完全に否定することは出来ないと考える。ただし本意見書作成者自身は本屍に対して扼頸が実際にあったか否かについては知る由もない。
しかし死体所見のみからは「 扼頸はなかった 」と断定することも、また「 扼頸はあった 」と断定することもできないが、仮に「 あった 」とした場合に、これを完全に否定することもまた困難である。
また前頸部の線状の表皮剥脱は、腕などのような鈍体による扼頸という形においては、着衣等の痕跡としても理解できるが、本屍の頸部に巻かれた布様物の存在を考慮すると、むしろ布様物により形成されたとする方が自然であろう。
2) 次に口腔内に布様物を挿入した行為と頸部を絞めた行為の時間的前後関係について考えてみる。
一般に口を開け、口腔内に物体を挿入出来ると考えられる場合は、@大声をあげているとき、A頸部などが圧迫され呼吸が困難になった時、BAと同様鼻部が圧迫ないし狭窄(きょうさく)されて呼吸困難になった時、C意識がなく(死亡を含む)、なお下顎の死体硬直が高度でない時、などであろう。
柔らかい鈍体(本屍で見られるような布様物)が口部に挿入された場合、口部周囲の表皮剥脱や口腔粘膜の剥脱、出血が必ず形成されるわけではなく、形成されないことは十分にあり得ることである、もちろん形成される場合もあろうが、しかし必発の所見ではない。特に本屍では死後変化が強く、表皮が剥離された状態であることから〔 第2章 1−1〕、仮に生前に形成されたとしても認めがたくなるのは十分にあり得ることである。
3) 木村意見書では、「 絞頸が先で、口腔内に布片を挿入したのは後と推察される、死体の口部周辺ならびに口腔内において粘膜剥離や粘膜下出血などの損傷がないからである 」との考え方が示されている。
しかし、前記の様に@〜Cの場合には口腔内に布様物が挿入される可能性があることは指摘した通りである。もちろん木村意見書の様な考えは十分に可能性はあろう。
しかし時間的に最初に口腔内に布様物が挿入された後で、頸部が圧迫され、次いで口腔内異物による気道狭窄・閉塞による窒息という過程も当然あり得ることである。頸部圧迫においては、頸部の血管が閉塞(へいそく)され急速に脳の無あるいは乏酸素状態に陥り窒息するのに反し、口腔内異物により窒息死するまでには時間の経過が必要であるからである。
たとえこの様な過程を考えたとしても秦鑑定書の死因の考え方とは矛盾しないことになる。すなわち前記@〜Bの場合( @大声をあげているとき、A頸部などが圧迫され呼吸が困難になった時、BAと同様鼻部が圧迫ないし狭窄(きょうさく)されて呼吸困難になった時 )には、仮に頸部圧迫があったとしても、時間的にそれ以前に口腔内に布様物が挿入された可能性を排除することは出来ないと考えるからである。( ここでいう頸部圧迫とは、布様物による絞頸とは別の何らかの鈍体による圧迫を意味する )
また口腔周辺ならびに口腔内に粘膜剥離や粘膜下出血がなくても、本屍の口腔内に認められた柔らかい布様物の場合、そのような剥離や出血がないという所見をもって死後の異物挿入と結論することも出来ないと考える。即(すなわ)ち皮下、粘膜剥脱や皮下、粘膜下出血は形成されることもあり、また形成されないこともあるからである。
本屍が腐敗高度の死体であることを考慮すると、仮に形成されていたとしても認め難くなることは十分にあり得ることである。しかし木村意見書でいうCの場合( 意識がない、あるいは死亡後 )に口腔内に異物を挿入することも当然ながらあり得る考え方である。
また第2章3−1) に記載したように、頸部の線状表皮剥脱の明瞭な形状や右胸鎖乳突筋下の出血の位置、形状など明かでないという死体所見を基にして、いくつかの結論を導き出すということは不適切であろう。
第3章 結 論
第2章に記載した通り、種々の資料を検討した結果を総合して次の様に結論する。
1. 扼頸の存在を積極的に示唆する死体所見は、腐敗高度な玉村象天の死体では明らかではない。しかし仮に扼頸があったとした場合、これを否定するだけの死体所見も乏しい。
2. 玉村象天に対しては、絞頸が先で、布片の口腔内への挿入は後との考え方は、可能性としては当然考えられるが、布片が時間的に先で、その後に頸部が圧迫され、秦鑑定書記載の様に絞死あるいは気管閉塞による窒息があったとしても、これを否定するだけの死体所見はない。
3. したがって、前記1.および2.から考え、木村意見書は法医学的に必ずしも合理性を有するとはいえない。
平成14年11月7日
医師医学博士 三 澤 章 吾
東京都監察医務院々長
筑波大学名誉教授関係資料は本意見書提出と同時に返却した。