映画の中のえん罪事件 NO.10
第14回『 映画の中のえん罪事件 』という大それたテーマで続けてきたこのコーナーも、お陰様で14回目
を迎えることが出来ました。このコーナーで取り上げるような映画も捜せばそれなりに結構あるもので、このところ苦労しないでも映画の方で勝手に私の手許にやってくるような気さえしています・・・。さて、今回
<俎上(そじょう)>に載せる映画は、アシュレイ・ジャッド主演の『 ダブル・ジョパディー 』(1999)という映画です。何かとても奇妙な題名ですが、ご存じない方のために簡単に解説すると、これは『 アメリカ合衆国憲法修正第5条 』の条文を指していて、「 何人(なんぴと)も、同一の犯罪について生命または身体を2度の危険にさらされない 」( 松永萌恵訳『 ダブル・ジョパディー 』徳間文庫 )ことを意味しています。― 我が国の刑事訴訟法における『 一事不再理の原則 』と同趣旨の規定なのでしょうネ!
共演は、『 逃亡者 』以来<猟犬>のように執念深く追跡するのが演技スタイルになってしまったようなトミー
・リー・ジョーンズ。この映画の中でも、<保護観察官>としてアシュレイ・ジャッド扮するリビーをしつこく追い回します。― 映画の内容に入る前に、例によってこの映画の位置付けなんぞをひとつ・・・。
この映画は、<えん罪事件>のスタイルが『 陰謀・被害者型 』
だという点では全く異論はないことと思います。「 何時の時点を捉えたものか 」という点に関しては、主人公の仮釈放後の行動がこの映画の一番の見どころとなっているので、私の独断ではありますが『 判決後 』に分類したいと思います。 ( 第12回参照 ) ― では、前置きはこのぐらいにして、さっそく本題に入りましょう・・・!この映画のオープニングは、自然に包まれた美しい島の夜明けから始まります。辺りがうっすらと明るくなると、空は鳥のさえずりとともに神秘的な青紫のベールを靡(なび)
かせながらその姿を現して、やがて島の稜線に朝日が顔を出します。そして、複雑に折り重なった雲が茜色に染まると、次第に海の色も深紅に輝き出し、朝の風景は時々刻々とその表情を変えていきます。たわいない母と息子の対話。リビエラ・パ
ーソンズ(アシュレイ・ジャッド)が4才になる息子のマティと磯の岩場で釣り糸を垂らしています。一見、平和でのどかな風景・・・。しかし、そこには父親の姿はありません。この何気ない冒頭のシーンが、これから起こる出来事を暗示しているかのようです。 ― 言い換えると、この母と息子の強い愛の絆(きずな)こそが、この映画のバックボーンなのだと言えます。釣竿のリールを巻き上げているふたりの前を、いっぱいの風を帆に受けて一艘のヨットが静かに横切っていきます。ウィドビー島でいちばん美しいモーニング・スター号で、リビエラ(リビー)の憧れのヨット。 ― これも重要な舞台装置のひとつ!
場所は、水と緑に囲まれた美しい街・シアトル(ワシントン州)
― 現在はイチローのいるシアトル・マリナーズの本拠地と言った方が有名かも・・・ ― の北部に海峡をへだてて浮かぶ島々のひとつウィドビー島。― この島は、歪(いびつ)な形をした南北に細長い島で、北端から南端までは約52qあります。彼女が住んでいるのは、その島の中程にある東端の町キーストンで、アドミラルティ海峡を挟んで対岸の町ポートタウンゼントとはワシントン・ステートフェリーで結ばれています。
深い針葉樹の森に囲まれて、複雑に入り組んだ湾を見下ろす高台に建っているコテージ。穏やかに晴れ渡った午後、その
コテージでは募金集めを兼ねたホームパーティが催され、沢山の人がウッドデッキの上で談笑しています。ホスト役は、リビーの夫のニコラス(ニック)・パーソンズで、彼はこの島の幼稚園(フライ・スクール)のオーナーでもあります。どいう訳か、楽しい筈のパーティの中で、ふたりの男が深刻な顔でニックに話しかけてきます。「 銀行から通知はあったのか・・?」「 ああ、今朝あったよ 」 ・・・ その事には余り触れられたくないといった様子のニック。
近くで、2人の男女が壁に掛かった3枚のリトグラフを前にして話をしています。男は、さも分かっているような振りをして傍にいる女に絵の説明をしています。「 そうとも、ピカソだよ! これは、青の時代のものだな
!」 それを耳にしたニックは黙っていられなくなり、意地悪くその男の顔をつぶしてしまいます。「 カンディンスキーですよ。ワシリー・カンディンスキー、ロシア系のドイツ人の画家です・・・ 」 ― 後になって分かることですが、この絵も重要なファクターになっています。 ― ここでちょっと話は脱線しますが、偶然にも今『 東京国立近代美術館 』で『 カンディンスキー展 』が開かれています。日本では余り馴染みのない画家ですが、ワシリー・カンディンスキー(1866〜1944)は抽象芸術の先駆者で、20世紀を代表する画家のひとりとされています。ちなみに<東京展>は、平成14年3月26日〜5月26日まで。その後、<京都展>が『 京都国立近代美術館 』で平成14年6月8日〜7月21日まで、<福岡展>が『 福岡市美術館 』で平成14年8月1日〜9月1日まで開かれる予定です。・・・ 興味ある方は、ぜひご覧ください。 ( http://www.momat.go.jp ) さて、映画の話に戻りましょう。パーティも終わり、それまで沢山の客で賑やかだったコテージも急にガランとしてしまいます。ニックは、ひとりデッキチェアに座り、タバコを燻(くゆ)らしながら考え事をしています。 ― この時は、夫が良からぬ計画を練っていたとは夢にも思いませんでしたが・・・。夫を労(ねぎら)うリビー。そして、ふたりの傍(そば)に近づいてくるアンジ
ェラ(アンジー)・グリーン。彼女はリビーの親友で、夫の幼稚園の事務責任者でもありました。「 リビーに言うべきかな?」とニック。「 どうせなら私たちの口から・・・ 」とアンジェラ。しきりにリビーの気を揉ませるような事を言います。木立越しに目の前を横切っていく憧れのモーニング・スター号。「 あの船が売りに出るらしいから、週末に乗って君が気に入れば買おう!」・・・言葉巧みにリビーを計画に引きずり込む
ニック。「 マティは・・・?」と息子のことを気に掛けるリビーに、「 私が面倒みてるから・・・ 」とアンジェラ。 ― 如何にも親切心から言っているように聞こえますが、おそらくこの時から既にアンジェラも悪事の片棒を担いでいたのでしょう・・・。真っ白な帆に海風を受けて青い海原を疾走する
モーニング・スター号。胸をときめかせ遙か沖合にまでセーリングするリビー。そして、彼女は外海で久しぶりに夫とふたりだけの時間を過ごします。 ― この時が、おそらくリビーの幸せの絶頂だったのでしょう。その喜びもほんの束の間の出来事でした。 愛の交歓による心地よい疲労とワインの酔いも手伝って、リビーはいつの間にか寝入ってしまいますが、夜中にふと眼を覚まします。すると、当然隣に眠っている筈の夫がいなくなっています。そして、彼女の手と寝巻にはべっとりと血糊がついていました・・・。リビーは初め、何が起きたのか全く理解出来ませんでした。キャビンの床に点々と血の跡が続いているのを発見して動転するリビー。床も壁もそこら中に血痕が付いています。突然恐怖にかられ夫の名を何度も呼びますが、全く返事はありません。血の跡を辿
(たど)ってデッキに出ると、そこに血まみれのナイフが落ちていました。「 まさか・・? そんな・・・ 」 思わずそのナイフを手に握りしめ、呆然と立ちつくすリビー。― そこへ、余りにもタイミング良く<沿岸警備隊>がやって来ます。
結局、何日間か徹底的な捜索をしたにも拘わらず、ニックを発見することは出来ませんでした。そして、現場の状況から殺人事件の様相を呈してくると、驚いたことに嫌疑がリビーに掛かってきます。リビーにとっては、かなり不利な<状況証拠>がありました。それを整理してみると・・・・
モーニング・スター号には他にリビーしか乗ってなくて、別の船から犯人が乗り移ったという証拠がみられないこと。
・その船の中を捜索した時、無線機のコードが切られていたこと。
・警備艇が近づいた時、リビーが血まみれのナイフを持っていたこと。
・救助を求めるニックの声を録音したテープが残っていたこと。
・ニックは、4ヶ月前に200万ドルの生命保険に入り、受取人はリビーだったこと。また、ニック
の横領の事実が発覚し、銀行が彼の土地や財産を差し押さえようとしていたことも分かり、リビーにとっては全く『 寝耳に水 』で、とても信じられないような事実が次々と明るみに出てきます。結局、ニックの死体が発見されなかったにも拘わらず、リビーは<殺人罪>で起訴され、懲役刑が確定します。そして、刑務所に収監されるリビー。後に残される最愛の息子マティは、アンジェラの養子となり、200万ドルの保険金は彼の名義で信託に付されることになります。
― ここで、「 保険金の受取人が殺人事件の犯人の場合、免責約款で保険金が支払われないのでは・・ 」との疑問も生じますが、この際目をつぶりましょう!失意の中で、厳しい運命を受け入れるリビー。唯一の生き甲斐は、面会の時に息子の成長を目にすること。しかし、その唯一の楽しみすら奪われてしまいます。マティの元気な姿を見たのは最初の1回だけで、どうした訳かその後アンジェラは面会に現れません。そして、不安に駆られたリビーが刑務所の中から彼女に電話をかけますが、何ら応答がありません。理由が分からず眠れない夜を過ごすリビー。
名案を思いついたリビーは、それまで彼女が勤務していた幼稚園に電話をして、ついに移転先を突き止めます。何と
アンジェラは、サンフランシスコに住んでいました。電話に出たアンジェラを問い詰めるリビー。そして、やっとマティの声を聞くことが出来て、目頭が熱くなるリビー。すると、話の途中でマティは、突然「 ダティ!」と呼びかけます。 ― リビーからの電話だと知り、いきなり電話線を引きちぎるニック。 「 えっ、死んだはずのニックが生きている、なぜ・・・?」 驚きのあまり呆然とするリビー。考えれば考えるほど疑問が湧いてきます。 ― これまで夫のみならず、親友のアンジーにも騙されていたのでしょうか・・・? ベッドの中でマティのあどけない写真を見続けるリビー。一計を案じ保険会社に電話しますが、全く取りあってはもらえません。ずっと思い詰めているリビーの身を案じて、同房で元弁護士のマーガレットが彼女に知恵を授けます。「 "二重処罰の禁止"(ダブル・ジョパディ)って知ってる・・・? 同じ罪で2度裁かれるのを禁じた法律のこと。つまり、夫殺しで2度も有罪にできないのよ・・・ 」と。 ― これがこの映画のメインテーマで、一見ドロドロとした<復讐劇>を連想してしまいますが、全然そうなってないのは、きっとリビーの魅力なのでしょうネ! ― ここまで大変長々と前置きを書いてきましたが、これからがこの映画の見所ですョ・・・!その日から、2人を捜し出して事件の真相を突き止め、
マティを取り戻すことがリビーの全てになります。そして、6年の殺伐とした刑務所暮らしに耐え忍んだ後、念願の仮釈放。しかし、リビーの場合は条件付き仮釈放だったため、仮釈放委員会の指定した更正訓練施設(女子寮)の住人となります。その老朽化した薄汚い寮の管理をしていたのが、保護観察官のトラヴィス(トミー・リー・ジョーンズ)でした。この施設の厳しい規則を3年間守らないと仮釈放が取り消され、残りの刑期をまた刑務所でつとめなければならないことになっていました。リビーは、アンジェラの消息を求めて6年ぶりにウィドビー島に戻ります。唯一の手掛かりは、
アンジェラがかつて勤めていた幼稚園(フライ・スクール)。しかしながら、昔なじみのレベッカ校長は、彼女に同情的ながらもアンジェラの消息を教えてはくれませんでした。やむなくリビーは、その夜幼稚園に忍び込みます。求めるものはアンジェラの社会保障番号の書かれた書類。しかし間の悪いことに、そこでパトロール中の保安官に見つかり逮捕されてしまいます。翌日、警察の留置所で朝を迎えた
リビーを引き取りに、シアトルからトラヴィスがやって来ます。車は'64年型フォード・ギャラクシー。走るのが奇跡のようなポンコツ車。連れ戻されれば、規則違反ということでまた刑務所に逆戻り。そんなことになれば、元の木阿弥(もくあみ)です。リビーは、帰りのフェリーでトラヴィスが上部甲板にコーヒーを飲みに行った隙(すき)に脱出を試みます。しかし彼女の右手は、車のドア・ハンドルに手錠で繋(つな)がれたまま・・・。手錠を外すには、車のドア・ハンドルを何かにぶつけて壊す必要があります。都合の良いことに、エンジン・キーは付けっぱなし。そして、お誂
(あつらえ)え向きの位置に鉄パイプ。リビーは、車を前後させてその鉄パイプにぶつけようとしますが、結局上手くいかずに車ごと海に飛び込んでしまいます。途中でリビーの逃走に気付いて、その車に飛び乗ったトラヴィスも一緒に海の中へ。海水が車内にどんどん流れ込んできて、遂に車は海中に沈んでしまいます。すんでのところで手錠が外れ、助手席の窓から脱出する
リビー。そして、水面に出た彼女を捕まえようとするトラヴィスの頭を、彼から奪った拳銃のグリップで殴りつけます。救命用の浮き輪で救助されるトラヴィス。対岸まで泳ぎきるリビー。― この映画の中でドジな保護観察官を演じるトミー・リー・ジョーンズは、某大学の元法学部教授という設定。酒の上での失敗がもとで退職を余儀なくされ、妻とも離婚。最愛の一人娘にも、会いたくても会えないという境遇のため、この無愛想な男もリビーには幾らか同情的ではありました。
― もうひとつ余談ですが、リビーが車ごと海中に飛び込んだのはフェリーが出航して間もない時だったので、泳ぎ着いた場所はどうもウィドビー島としか考えられません。となると、緊急手配されてしまえば、逃走はちょっと困難だと思うのですが・・・。でも、それでは話が進まないので、忘れましょう!トラヴィスの手を逃れたリビーが、最初に頼ったのは実家の母親。ここで車(フォードの古いピックアップ・トラック)とお金を調達した彼女は、再びアンジェラ探しの旅へ。一計を案じたリビーはカーディーラーへ。そして、社会保障番号を使ってアンジェラの住所を調べさせます。場所は、コロラド州のエバー・グリーン。だけど、彼女の姓はグリーンからライダーに変わっていました。
そして、やっとの事でアンジェラの住所を探し当てた
リビーを待っていたのは、彼女の訃報でした。全く思ってもみなかった出来事に愕然となると共に、唯一の手掛かりを失ったことに気付き途方に暮れるリビー。・・・ガスストーブの爆発事故による焼死。ニックとマティは、その時運良く出掛けていて無事でした。・・・マティが無事たったことに安堵はしたものの、何か胡散(うさん)臭いものを感じるリビー。 ― ニックは、この土地ではサイモン・ライダーと名乗っていました。 次の手掛かりは、昔コテージの壁に掛かっていたカンディンスキーのリトグラフ。1911年の『 青騎士の時代 』の作品。その町の画廊に入るリビー。インターネットで調べるとその絵はミュンヘンの美術館に売られていました。売り主は、ルイジアナ州ニューオリンズのジョナサン・デブロー。 ― 次々と偽名を使って姿を隠すニック。 この時、保護観察官のトラヴィスもアンジェラの社会保障番号から彼女の住所を探し当て、エバー・グリーンにやって来ていました。「 あわやッ 」という所で、彼の魔手(?)を振り切るリビー。そして、ニューオリンズへ。 ― ニックは、アメリカ合衆国の北西の街ワシントン州シアトルからカリフォルニア州サンフランシスコ、コロラド州エバー・グリーンを経由してついには南東端にあるルイジアナ州ニューオリンズへとアメリカ大陸をL字型に横断したことになります。直線距離にして、約4,000 q。まあ、本当によく逃げたものですネ・・・! リビーが遂に突き止めたニックの本拠地は、<恋の館>という名のホテル。そこでは、恒例の『 独身貴族オークション 』なる怪しげなパーティが催されるところでした。難なくそのパーティに潜り込み、オークションでニックを落札するリビー。後になって落札者がリビーだと知り、狼狽(うろた)えるニック。リビーの要求はただひとつ、息子のマティを無条件で引き渡すこと。しかし、猟犬のように執念深い追跡者
トラヴィスも、またもやリビーを追ってニューオリンズにやって来ていました。リビーは、彼の追跡をかわし、夜の街に紛れ込みます。翌日の取引場所は、ラフィエット墓地。時間は、午後4時。この墓地は、ニューオリンズ特有の<築山式墓地>で有名で、セント・ルイス墓地と並んで観光名所ともなっています。
― ここ
ニューオリンズは、雨が多くて地下水位も高いので遺体を地下に埋葬することが出来ないために、棺桶を2つ収容できる位のレンガ造や石造の小さな<家>を作って、その中に柩(ひつぎ)ごと収める風習がありました。墓地にそのミニチュア版の建物がずらっと並んでいる光景は誠に壮観で、それが『 死者の住む街 』とも呼ばれている所以(ゆえん)です。哀愁を帯びたブラスバンドのジャズ演奏に導かれて、本物の葬列が墓地の門をくぐり抜けて行きます。柩は黒ずくめの二頭立て霊柩馬車に揺られ、葬送の長い列は祭司を先頭に独特の葬儀用ステップで粛々
(しゅくしゅく)と進んでいきます。リビーは、ニック
との取引の場所にワザと観光客の多い墓地を選んだにも拘わらず、マンマと彼の策略にはまり、葬室の柩(ひつぎ)の中に閉じ込められてしまいます。 その柩(ひつぎ)の中で眼を覚ますリビー。そこは完全な暗闇で、何んとなくカビ臭く、空気も濁っています。そして、ひどく狭苦しくて体を自由に動かすことが出来ません。初めは全く事態を理解出来ませんでしたが、おそるおそる手探りしている内にそこが柩の中だと分かります。パニックに陥りそうになるリビー。しかし、幸運にもトラヴィスから奪った拳銃を持っていました。その拳銃で柩の鍵を壊し、何とか無事に脱出するリビー。 彼女は、その足でニックのホテルに向かいます。頭にあるのは、ただひたすら息子をこの手に取り戻すことだけ・・・。拳銃を片手に、そのままホテルに踏み込もうとした時、トラヴィスに右腕を捕まれて、建物の陰に引きずり込まれます。それまでの緊張の糸がプツンと切れ、彼の胸にすがって泣き出すリビー。 その夜、何喰わぬ顔でニックを訪ね、取引を持ちかけるトラヴィス。昔の免許証写真のFAXを見せられ、否応なく取引に応じるニック。そして、彼はトラヴィスの策略にひっかかり、思わず口を滑らしてしまいます。「 リビーは、私が葬ったよ 」と。彼が得意気に話し終わった時、そこに突如姿を現す
リビー。「 ・・・いつも口先だけね、ニック!」 リビーは、彼に拳銃を突き付けながら、おもむろに近づいて行きます。ニックは、そこで驚愕のあまり言葉を失ってしまいます。そして、トラヴィスにすがるような目を向けますが、それが当てにならないと分かると、再びリビーに目を向けて、こうたしなめます。「 知ってるのか、リビー。ルイジアナ州では、殺人はガス室送りだぞ・・・ 」と。そこでリビー
は、顔に笑みを浮かべ、おもむろに「 いいえ、ニック。同じ罪で2度裁かれることはないのよ・・・ 」思ってもみない彼女の反撃に動揺するニック。リビーは、彼からマティの居場所を聞き出すと、どうした訳か拳銃を握りなおし、銃口を彼に向けて発砲します。血の気を失って震(ふる)えているニックの後ろの壁には、銃弾で粉々になったカンディンスキーの絵が・・・。「 6年ぶりにすっきりしたわッ!」 ― リビーの復讐が叶った瞬間!「 殺したりしないわ、ニック。そのかわり、わたしと同じ苦しみを味わって欲しいの・・・ 」 トラヴィスは、先程の遣り取りを密かにテープに録音していました。・・・次第に追いつめられて行くニック。
念願の復讐を遂げ、
リビーが晴れ晴れとして部屋を出て行こうとした刹那、突然銃声が・・・。撃たれたのはトラヴィスでした。攻守逆転。どこまでも卑怯な男、ニック。ソファの陰に隠れたリビーに銃弾を浴びせた後、彼女に近寄り拳銃を突き付けるニック。トラヴィスは、一瞬の隙を突いてニックに飛びかかります。そして、乱闘・・・。しかし、左肩を撃たれたトラヴィスの方が形勢は不利で、ニックはその左肩を執拗(しつよう)に攻めます。そして、立ち上がってトラヴィスにトドメを刺そうとした刹那、再び2発の銃声が・・・! ニックの左胸を貫通した銃弾は、背後の姿見に血痕の赤い花を咲かせます。彼が床に倒れ伏した後、その鏡には銃を片手に握りしめ、暗い顔をしたリビーが映っていました。 ― この辺は、先の『 合衆国憲法修正5条 』の適用じゃなくて、おそらく<正当防衛>が成立するのでしょうが、リビーが逃亡中に犯した数々の犯罪、例えば、住居不法侵入、窃盗、傷害、公務執行妨害、器物損壊、詐欺等々・・・の罪状で、もし仮に起訴されたら、少なくとも6年以上の実刑は確実なんじゃないのかなァ? ・・・なんて要らぬを心配してしまいました。場面が変わり、レンタカーに乗ったトラヴィスと
リビーが寄宿学校の正門を入っていきます。セント・アルバンス・スクール。ここにマティがいます。初めのうちは、6年ぶりの再会にちょっと尻込みをするリビー。しかし、マティはちゃんと覚えていてくれました。すっかり少年らしく成長していますが、どこかに昔の面影が残っています。最初はぎごちなく、そしてしっかりと抱き合う母と子。 ― 自然と、見ている者の涙を誘うシーンです。 ― 余談ですが、先にあげたノヴェライズ版『 ダブル・ジョパディー 』(徳間文庫)の翻訳者の松永萌恵さんは、その<訳者あとがき>の中で、試写会が終わって照明が灯ったときの模様について述べておられます。そして、4回見た試写の4回とも男性が泣いていた点について、あれこれ分析した上で、最終的に「 心揺れながらも様々な困難に立ち向かってゆくヒロイン 」に恋した為だろうと推測しています。 しかし残念ながら、この推測は正鵠(せいこく)を得ていません。敢えて言うならば、我々男性はどこまでも息子を思う母親の<熱き情熱>に涙しているのですョ、川崎さん! (・・・ン?ちょっと古かったかな?) そして、最後のシーンではマティ少年になりきっているんです! きっと・・・、たぶん・・・、おそらく・・・? ところで、この映画の中で、元弁護士のマーガレットがリビーに言うセリフに次のようなものがあります。「 再審請求しようなんてムダよ、あきらめなさい! 何年もかかるし、95パーセントは失敗に終わるわ・・・ 」 ― <再審請求>に関しては本当に何処(いずこ)も同じなんだなと、妙な感心をさせられました。私たちは、<再審請求権>は、<基本的人権>の一部なんだという強い認識のもとに、その細い道筋をさらに確実なものに変えて行く必要があります。
( 2002. 5 T.Mutou )