映画の中のえん罪事件 NO.9
第13回 華やかに明けた21世紀最初の年も、本当にあっと言う間に過ぎ去ってしまいましたねッ! ・・・と、そんなことを言っている間に、もう2月も半ばになってしまいましたが・・・。ところで、昨年は<布川事件>にとっては<第2次再審請求申立>という記念すべき年になりましたが、一方でアメリカでの<同時多発テロ>とその報復とも言うべき<アフガニスタン空爆>という、本当に信じられないような大事件も発生しました。
そこで今回は、そのアメリカの司令塔ともいうべき<ホワイトハウス>を舞台にした映画で、少し肩の力を抜いて楽しめるものを選んでみました。ウェズリー・スナイプス主演の『 ホワイトハウスの陰謀 』(1997)という映画です。
何やら、世界一強大な軍事力を持った国の権力中枢で蠢(うごめ)いている<亡者>の腹黒い陰謀のような題名ですが、原題は MURDER AT 1600 "となっていて、ぐっと平凡になってしまいます。言うまでもなく、この 1600 というのは、ワシントンDCのペンシルバニア通1600番地のことで、<ホワイトハウス>:アメリカ合衆国大統領官邸を指しています。
事件の発端は、<ホワイトハウス>の女子用トイレで、若い女性の他殺死体が発見されたことに始まります。厳重に警備されていたはずの<ホワイトハウス>内での前代未聞の殺人事件。これだけでも世間の注目を集める大事件なのに、この後事件は意外な展開を見せていきます。
この事件の捜査を命じられたのは、どういう訳か<州際通商委員会>にアパートの追い立てを食らっているワシントン市警殺人課のハーレン・リージス刑事(ウェズリー・スナイプス)でした。
さて、本編に入る前に、この映画の中での<えん罪事件>の位置付けを明確にしておきたいと思います。これまで取り上げた映画の中では、例えば『 トゥルー・クライム 』のように<えん罪事件>を真っ正面から捉えているものもあれば、『 ショーシャンクの空に 』のように主人公のとった行動を理解するための<心理的背景描写>の1つとして用いられているものもありますが、今回の映画の中では、サスペンスを盛り立てるための<小道具>の1つとして上手く使われているのではないかと思います。
そして、私流の分類法に従えば、『 陰謀・被害者型 』で、尚かつ『 起訴前 』の<えん罪事件>ということになるのでしょうか・・・? ( 第12回参照 )
― ちょっと前置きが長くなりましたが、少しこの映画のストーリーを追ってみましょう・・・!
殺害されていたのは、財務省秘密検察局の職員でカーラ・タウン、25才。大統領一家を警護するシークレット・サービスもこの財務省秘密検察局に属しています。事件当夜は、殺害された時間まで ― <犯行時刻>は、午後10時半〜11時までの間 ― <ホワイトハウス>で勤務していました。
事件の捜査は、場所が場所だけにリージス刑事にとっては最初から非常にやりにくいものでした。彼の捜査に横槍を入れて来たのが、<ホワイトハウス>警備主任のニコラス・スパイキングス。何とも不適な面構えで、見るからに悪事を企んでいそう・・・?
彼は、このスキャンダルから<大統領一家>を守るために情報提供を頑強に拒否し、捜査妨害までします。なんと事件発覚の15分後にはカーラのマンションに検察局員を送り込み、身の回りの物を全て運び出していました。
その検察局がリージス刑事に貼り付けた担当者が、ニーナ・チャンス(ダイアン・レイン)でした。彼女もシークレット・サービスの一員ですが、射撃の元ゴールドメダリストという超変わり種。彼女は、まだ良識というものを失ってはいません。
リージスは、まず検察局の行動が余りにも素速いのに疑問を感じます。さらに、ニーナから渡された事件当夜の<ホワイトハウス>内の在官者リストの人数が、警備主任から聞き出した人数 ― 31人 ― よりも1人少ないことに気付きます。
カーラの身辺捜査から、殺される直前に旅行会社にカードで1500ドル支払っているのが分かりました。その線から、彼女はまずニューヨークに飛んで、しばらく滞在した後、片道切符でバージン諸島へ行く計画だったものと思われました。
さらに<検死解剖>の結果、被害者には左手で強く殴打された形跡があり、膣内と爪の間に潤滑剤が残っていました。精液や彼女以外の血液等の残留物はなく、コンドームが使われていたらしいことから、犯人は彼女の恋人ないしはそれに類する男で、被害者と性交した後に衝動的に犯行におよんだ模様と思われました。
と、突然に検察局から<容疑者>として差し出された男が、オニール・ルケイジ。彼は<ホワイトハウス>の清掃係で、事件発生直後にホールの床掃除をしていたのを目撃されていますが、それ以前の45分間の行動が確認されていませんでした。そして、警備主任の偽計により、彼のシャツのボタンが<事件現場> ― 実際は食堂にあったのですが ― に落ちていたものとされていました。捜査の進展に、何か腑に落ちないものを感じるリージス。 ・・・ 第1の冤罪事件。
次に、リージスの留守中に何者かが彼のアパートに侵入して、天井裏に<盗聴器>を仕掛けるという事件が発生。彼は犯人と格闘しますが、まんまと逃げられてしまいます。・・・この事件の裏には何かがある、という疑念が次第に深まっていきます。
そうこうする内に、カーラのスナップ写真の右隅に写っていた謎の人物が、大統領の息子カイル・ニールのシークレット・サービスだと判明します。・・・ということは、彼女の恋人はカイルだった・・・? そして、事件当夜のセックスの相手も彼・・・? 何となく、抜けていたパズルのピースがピッタリと収ったように感じるリージス。
そして、カイルの元彼女だったという女性から、カイルの趣味は官邸内の全ての部屋で女とセックスをする事だったということを聞き出します。とんでもない趣味もあったもので、カイルに対する容疑は次第に深まって行きます。・・・ここで思わず、クリントン前大統領の<セックス・スキャンダル(?)> を思い浮かべてしまいましたが、あれは州知事時代のことでしたっけ・・・? まさか、脚本家があの事件からこの映画の着想を得たとも思えませんが・・・。
※ ところで又々話は逸れますが、この映画は<ホワイトハウス>を舞台にしたものであるため、そのセットの製作は大変だったようです。DVDの解説によると、この映画のセットはプロダクション・デザイナーのネルソン・コーツによって、カナダのトロントに製作されたもので、総面積は2800u。<ホワイトハウス>の再現は精緻(せいち)を極め、執務室の絨毯1枚さえ疎か(おろそか)にしないというほど正確なセットを再現したそうです。
さて、ニーナはリージスの説得に負けて、検察局に保管されているカーラの遺品の中から手帳と留守電の録音テープを盗み出します。それがスパイキングス警備主任に知られるところとなり、ニーナは検察局に追われる身となるのですが・・・。
ニーナの手帳には、ニューヨークで人と会う約束の記載があり、どうも<大統領一家>のスキャンダルをその人物に売るつもりだったらしいということが判明。・・・殺人の動機・・・?
リージスは、カイルを公園に呼び出して問い詰めますが、カイルの説明に何か釈然としないしないものを感じます。そしてニーナから聞き出した情報により、事件当夜<大統領夫妻>は官邸に居て、スキャンダルを畏(おそ)れたスパイキングスが<大統領夫妻>を地下道から外に連れ出したらしいということを知ります。・・・大統領も事件の容疑者に・・・?
その後、正体不明の人物からリージスに事件直前のカーラが写っているビデオ映像の写真が送られて来ます。一方で、次のような不可解な事実も浮かび上がって来ます。
・ バージン諸島でレンタカーの予約をしていたが、カーラは車の運転ができない。
・ 殺害される前日にゴミの圧縮器を注文していた。そして、鑑定の結果カーラの手帳の筆跡は<偽造>だったことが判明。・・・裏で何かとてつもない陰謀が・・・?
そこでリージスは、ついに<事件の真相>を知ります。カーラ殺害の目的が実は<現政権の転覆>にあり、自分達がそれに利用されていたということを・・・。但しこの時点では、<首謀者>はスパイキングスだと思っていましたが。
政府筋から、「スパイキングスが官邸から監視カメラのビデオテープを回収して帰宅した」との連絡を受けて、リージスはニーナと共にスパイキングスの自宅へ向かいます。リージスがスパイキングスと差しで話し合っている所に、何者かが2人の<殺し屋>を差し向けます。突然、窓越しに狙撃されるスパイキングス。リージスは、格闘の末にその内の1人を倒したものの、もう1人は取り逃がしてしまいます。
スパイキングスが自宅に持ち帰ったビデオテープには、国家安全保障局(NSA)大統領顧問のアルビン・ジョーダンが写っていました。事件の晩、ジョーダンは午後8時16分に警護係と共に官邸に入り、午後9時18分に退出する時は1人でした。謎の31人目の男・・・。そして、この男こそスパイキングスを殺害した<殺し屋>の1人でした。この時リージスは、<事件の黒幕>が実はアルビン・ジョーダンだったことを知ります。 ・・・ 第2の冤罪事件。
※ この事件の背後には、北朝鮮に人質となっている13人の<アメリカ兵>の解放問題がありました。政府部内の強硬派は、<軍事介入>してでも早急に<捕虜>を奪還すべきだと強く主張していて、それが大勢を占めていました。また、一般世論も次第に<捕虜奪還論>に傾きつつあり、内閣支持率も日増しに下落しているという状況でしたが、ニール大統領はそれでも<軍事衝突>を回避して平和裏に解決すべきだとの持論を変えようとはしませんでした。ジョーダンは、そんな軟弱な<外交姿勢>が許せず、陰謀をめぐらして大統領を引きずり下ろそうと画策したのでした。
ジョーダンは、<事件のもみ消し>を交換条件にジャック・ニール大統領に<辞職要求>を突き付けます。そして、この要求を呑まなければ息子のカイルは刑務所に行くことになると、大統領を脅迫します。永年の友人でもあり、信頼出来るパートナーだと思っていた人間からの予想もしない不当な要求に驚きながらも、止むなく<辞職>を承諾する大統領。その<辞職>の記者会見は、午後10時から官邸で・・・。
リージスとニーナは、官邸殺害事件の<容疑者>として指名手配されながらも、ラジオのニュースで大統領辞職の記者会見が開かれることを知り、ジョーダンの陰謀を阻止しようとします。・・・午後10時の記者会見まで、あと2時間。
リージスは、相棒のステンゲル刑事とニーナを伴い、南北戦争当時に作られた避難用の<地下道>を通って<ホワイトハウス>に侵入しようと企てます。<ホワイトハウス>の南側800mほどの所に空高くそびえる<ワシントン記念塔>。その周囲を圧倒する<オベリスク>が建つ、緑豊かな<モール>にある池の水の浄化装置がそこの地下にあり、その<換気口>から地下に入り込みます。・・・複雑に入り組んだ地下通路。その先に、今は使われていない幻の<地下道>が・・・。
※ この<地下道>については、諸説があるようです。DVDの解説によると「今世紀初頭に、ある大統領が愛人たちとの密会用に作らせたものだ」とされています。また、観光ガイドには「第二次世界大戦にアメリカが参戦した直後・・・、時の大統領F.D.ルーズベルトが敵国(日本?)の空爆を憂慮し、・・・<ホワイトハウス>と東隣にある<財務省>を結ぶ(避難用の)トンネル」を作らせた、と書かれています。(『地球の歩き方64』ダイヤモンド社 )
そうかと言って、世界最高のセキュリティ・システムに守られている<ホワイトハウス>のこと、そう簡単に忍び込める筈もありません。<換気口>から地下通路に侵入した3人を追って、<殺し屋>の片割れが襲ってきます。そして、<ホワイトハウス>の地下通路には<赤外線警報装置>が・・・。
記者会見の時間は、刻々と迫って来ます。5分前に<私邸>を出て<会見場>に向かう大統領一行。<警報装置>を強行突破するリージス。<くせ者>の侵入に地下通路に殺到するシークレット・サービス。・・・緊迫感は、次第に高まって行きます。
幾つかの障害を乗り越えて、リージスは記者会見に臨む大統領一行に間に合います。シークレット・サービスに取り押さえられながらも、ジョーダンに対して<ミランダ法>の諸権利を読み上げるリージス。・・・この辺のところは、ちょっと滑稽な気もしますが・・・。
<真相>を知って、ジョーダンの逮捕を命ずるニール大統領。それに抵抗して、突然大統領に拳銃を向けるジョーダン。しかし、ニーナは身を呈してその凶弾から大統領を守ります。そして、シークレット・サービスに射殺されるジョーダン。すべては、ほんの一瞬の内に起こりました。
言うまでもありませんが、この映画の中では2つの<えん罪事件>が描かれています。NSA大統領顧問のジョーダンが、カーラ・タウン殺害の容疑を大統領の息子に着せて、ニール大統領の失脚を謀(はか)った一方で、<ホワイト・ハウス>警備主任のスパイキングスは、その殺人事件のスキャンダルから<大統領一家>を守るため、清掃係のルケイジを容疑者に仕立て上げました。この映画では、<えん罪事件>が政争の具にされた観があります。
― 実際のところはどうなのか良く分かりませんが、<強大な権力>を掌中に収めているかに見える<大統領>にも様々な有形無形の圧力が掛かっているのでしょうネ! <アフガニスタン空爆>が、このような<周囲の圧力>に屈した形で決定された事でないことを、ただ祈るばかりです・・・。
( 2002. 2 T.Mutou )