ひとり言 映画の中のえん罪事件 NO.5


第9回

 すこし古い映画が続いたので、今回はケビン・コスナー主演の 追いつめられて(1987)という映画を取り上げたいと思います。ヒッチコックの映画は、また機会がありましたらやりたいと思います。

 この映画のオープニングは、ペンタゴンの例の5角形の建物を空撮した後、次第に郊外の林の中の1軒家へと焦点が絞られていくという、何やら暗示的なシーンから始まります。この民家の中では、この映画の主人公、海軍中佐のトム・ファレル(ケビン・コスナー)が謎の2人の男の取り調べを受けていますが、これが何を意味しているのかは、最後になってみないと分かりません。

 そして場面は数ヶ月前に遡(さかのぼ)り、華やかな大統領再選の祝賀パーティの席上。このパーティに招待されたトムスーザンと運命的な出会いをします。自由奔放なスーザンは、パーティ会場の中でも人の目を引く存在で、トムは彼女に見惚れてしまいます。そして、その日のうちに2人は愛し合うことになりますが、スーザントムの上司であるブライス国防長官(ジーン・ハックマン)の愛人でもありました。後にトムはそのことを彼女の口から知らされますが、彼女に対する気持ちは少しも変わらず、週末にチェサピーク湾にある海辺の町に2人で旅行に出かけます。しかし、その楽しかった週末旅行が、後にこの悲劇的な事件の発端になってしまいます。

 トムにとっては、この旅行を境にすべてが一変してしまいます。旅行から戻った夜、スーザンの浮気に嫉妬したブライス長官は、彼女を厳しく問い詰め、殴った拍子に彼女を2階の手摺から墜落死させてしまいます。事故死なのですが、愛するスーザンを死なせてしまい、狼狽(うろた)える長官・・・。

 ブライス長官は自首しようとしますが、彼の法律顧問スコットは、長官の失脚を怖れて事件のもみ消しを企ろうと画策します。その夜のうちに事件現場に行き、そこから長官の遺留品や痕跡を消し去ろうとするスコット。その時、ベッドの下にあったポラロイドカメラのネガも持ち去りますが、これが後にトムを追い詰める証拠品となります。この写真こそ、スーザンが戯れにトムを写したもので、紛れもなく其処にはトムの顔が写っているのです。 

 スコットは事件をでっち上げ、スーザンの浮気相手に濡れ衣を着せようと考えます。そして、その犯人は「 国防機密を盗んだスパイで、週末をスーザンと過ごした男 」という筋書きを考え出します。実は、以前から国防省内には通称<ユーリー>と呼ばれている<ソ連のスパイ>が潜んでいるという話がありました。<ユーリー>というのは、「 10代の時にKGBから送り込まれてアメリカ人として育った男 」のことで、噂だけで証拠は全くありませんでした。スコットは、その噂話を利用しようと考えたのです。

 また、スコットトムとは大学の同窓生で、トムブライス長官に引き合わせたのも彼でした。スコットは、犯罪の捜査を部外者の手に委ねないために陸軍の<犯罪調査部>に担当させ、その犯人捜査の責任者に気心の知れたトムを抜擢したのでした。長官に犯人捜査を命ぜられたトムは、事件の被害者がスーザンだと知り、驚きと悲しみの余り愕然としますが、表情の変化を長官には悟られないように苦心します。

 トムは、皮肉なことに<犯人>に仕立て上げられた<自分>を捜索する立場の責任者にされてしまったのです。指紋は、スコットによって現場から全て拭き取られていたために何も検出できませんでしたが、検死解剖の結果、被害者の体内に精液が残っていて、<犯人>の血液型がA型であることが判明。当然、トムの血液型もA型 ・・・!

 スコットは、証拠品の中に自分が持ち帰ったポラロイド写真<ネガ>をこっそりすべり込ませ、意図的に<犯人>を割り出させようとしますが、トムにとっては幸運なことに<ネガ>からの現像はとても不可能な状態でした。トムがホッとしたのも束の間、今度はその<ネガ>をコンピューターで解析することになります。その解析作業を担当するのが、トムの旧友のヘッセルマン博士でした。何んとかその解析作業を遅らせたいトム

 スコットは、電話記録から犯行時刻に近い時間に被害者宅に電話をかけて来た人物(友人のニーナ)を割り出して尋問します。その結果、その<犯人>は過去2ヶ月間にペンタゴン勤務になった人物だということが分かりましたが、その該当者は4700人もいました。この時ニーナが、スーザンブライス長官の関係を知っていることを洩らしたために、後に殺し屋を差し向けられるのですが、トムは自分の窮地を救ってくれたニーナの暗殺を命懸けで阻止します。

 被害者(スーザン)の胃の内容物を分析した結果、2人が行った場所がチェサピーク湾の奥だと断定されます。そして、トムの部下のドノバン調査官が、旅先で相手の男を見たという目撃者をペンタゴンに連れて来て、建物内をしらみ潰しに捜索します。次第に、追い詰められていくトム

 ここへ来て、トムも反撃を開始します。証拠品の中に、被害者の車の中から発見された<純金の宝石箱>がありました。これは、以前トムスーザンに「 ブライス長官からのプレゼントだ 」と教えられた品で、どこか外国の外務大臣からブライス長官へ贈られた品物でした。アメリカでは、外国からの<贈り物>は国務省のコンピューターに登録されることになっていました。トムは、国務省のコンピューターにアクセスしてその贈答品の記録を捜し出そうとします。

 ペンタゴン内の捜索は、人手を増員してさらに続行されています。一時は、その目撃者に発見されて追跡されますが、すんでの所で窮地を脱します。また、<ネガ>のコンピューター解析作業も順調に進んで、次第に<犯人像>が浮かび上がりつつあります。徐々に対象が絞られて来るのに焦るトム。そこで、トムヘッセルマン博士に真相を話し、解析作業を遅らせるよう懇願します。そして、ブライス長官スーザンを結び付けることになる、例の<贈り物>を国務省のコンピューターに登録して欲しいと依頼します。

 ヘッセルマン博士、トムの必死の頼みを聞きはしたものの、トムは精神状態が異常なのだと思い込み、その事を誰もいない<将校用ジム>スコットに話してしまいます。真相を知られたスコットは、口封じのためにヘッセルマン博士を射殺した上に、2人の<殺し屋>トムの所に差し向けます。危険を察知したトムは、なんとか<殺し屋>の手から逃れ、長官の部屋に押し入ります。トムは、プリンターから打ち出された<贈答品リスト>を武器にブライス長官<捜査の中止>を強く迫ります。

 スコットも後から長官室に駆けつけ、部屋の中は3人だけになります。スコットは、あくまでもトム<ユーリー>だったことにして事件の終結を図ろうとして、拳銃をトムに向けますが、長官に厳しく止められます。長官は、スーザン殺人事件の容疑を今度はスコットに押し付けることで、トムを懐柔しようとしますが、トムはあくまでも真相を公表すると言い張ります。すると、長官に冷たくあしらわれ将来を悲観したスコットは、2人が制止する間もなく手にした拳銃で自殺してしまいます。

 結局、スコット<ユーリー>だった、ということで捜査は打ち切られますが、解析作業を続けていたコンピューター画面にはトムの顔写真が ・・・。  ・・・とても印象的なシーンです。

 翌日、スーザンの墓前で彼女を偲んでいるトムに、謎の2人の男が近づいて来ます。謎の男「 皆が捜しているぞ 」 トム「 君らが勝ったな!」 ・・・ 一体、どういう意味なのでしょうか?

 そこで、冒頭のシーン。トムが壁の鏡に向かって次のように叫びます。「 何時になったら、出て来るんだ!」 隣の部屋では、取り調べの模様をモニターしている男がひとり。その男が別室から出て来て、ロシア語で「 もう(お前には)会えんかと思った・・・ 」「 母国語が懐かしくないかね? エフゲーニ(トムの本名)。ロシア語は美しいぞ!」

― そうなのです<ユーリー>は実在したのです! 謎の男はKGBで、トムこそ、実は本物の<ユーリー>だったのでした。 ・・・ 全く意外な結末でした。

 この映画の長官室のシーンで、トムに拳銃を突き付けたスコットが言うセリフに次のようなのが有りました。「 権力の座にある者は何でも出来るのさ ・・・。」この時点では、スコット<権力者>の側にいて「 俺が事件の筋書きをどのようにでも書き換えることができるんだぞ 」という意味あいで言ったのですが、皮肉にも自分が<犯人>となることでその言葉を<実証>する結果になってしまいました。

 <布川事件では、筋書きは<捜査官>が考え、<裁判官>がそれに補足修正を加えた上、<お墨付き>を与えています。

( 2000.4  T.Mutou )

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