From 桜井昌司詩抄
『 父ちゃんへの手紙 』
「父ちゃん、変わりはありませんか」
書いた文字と共に
私の心は故郷へ飛ぶ
宅地化が進んだ故郷に
もう建って二十六年になる古びた我が家は
私が捕らわれた時のままで
帰りを待っている
今年も独りの冬を越した父のもとに
古びた我が家に
心は飛ぶ。
「こっちも元気です。ご安心下さい」
書いた文字の中に
私の心は父の思いを見る
十七年間
無実の罪を負う息子を持った親の心は
辛いこと
苦しいこと
哀しいこと
書けないことの数々を
何も書かない文字の中に読むだろう
父の思いを見る。
何を書いても
すべての思いは書けない
何を書いても
十七年間の思いは伝えられない
でも、私の心は
語り尽くせない思いを抱き
独りの家で背を丸める父の姿を見る
その姿に
今日の便りを書く。
「父ちゃん、もうすぐ春です。
希望を持って頑張りましょう。」
もう何度も
もう何度も書いた文字だけど
書くたびに文字と共に
私の心は故郷へ帰る
明日の春を信じて
今日も故郷の古びた家で
私の帰りを待つ父のもとに
心は帰る
「父ちゃん、もうすぐ春です。
頑張りましょう。」( 1984. 1 )
『 ボクは労働者 』
ボクは労働者です
靴を作る労働者です
窓という窓には鉄格子
扉という扉には錠
少々物々しい工場で靴を作る
労働者です
作業台は役席と呼ばれます
私語雑談は厳禁
笑顔なんてもってのほか
無断離席は厳罰です
少々自由のない工場で紳士靴を作る
労働者です。
給料は賞与金と呼ばれ
今月分は 5,924円
確かに労働者らしからぬ労賃です
でも、ボクは労働者です
一日に十足と少し
四十分で一足を縫う
労働者です
誰にも負けない品質と
誰にも負けない量とをこなす
労働者です。
自由のないボクに代わって
せめて自由な大地を元気に歩けと
笑顔を失わずに靴を縫う
労働者です
自由のないボクに代わって
せめて自由な時を歩けと
仲間と励ましあって靴を縫う
ボクは労働者です
そう思わない人が監視していて
懲役と呼ばれますが
ボクは労働者です
誰にも負けない
労働者です。( 1984. 5 )
『 いま、あなたに 』
ありがとうと書いて、私の心が届くでしょうか
鉄の扉、鉄格子の窓
独りきりの毎日が
決して独りではないと知る喜びを
隣に貴方がいるのを感じる喜びを
ありがとうと書いて届けられるでしょうか。
十七年前、二十才の私は
すさんだ心を抱いていました
他人のものに手を出し
他人の心をもて遊び、傷つけ
好き勝手に日を過ごしていました
だから、楽しかったはずなのに
心の中は
空しくて、悲しくて、何もなかった
あの日々を思うたびに
私は、今の喜びを書かずにはおれないのです。
ありがとうと書いて、私の心が届くでしょうか
何重もの鉄の扉を通り抜け
高い塀の奥深くに入れられた日にも
貴方は隣にいてくれました
私服を脱がされ
囚人用の服を着せられた時にも
貴女は隣にいてくれました
行く末の見えない不安の中にいる私を
貴方のくださった言葉が
貴女のくださった笑顔が
しっかりと支えてくれました
独りでいて独りでない
獄中の力強い思いを
ありがとうと書いて届けられるでしょうか。
十七年前、二十才の私は
弱い心を持っていました
正しいことを行う大切さも忘れ
無実の罪の責めを受け
嘘の自白をしてしまいました
あの時の心の中は
苦しくて、辛くて、ただそれだけでした
あの日々を思うたびに
私は、今の力強さを書かずにはおれないのです。
ありがとうと書いて、私の心が届くのでしょうか
あの二審判決の日
激しい怒りに血の鼓動が打ちつける耳に
貴方は
がんばれ!という声をくれました
あの上告棄却の日
まるで時間を失ったように
ゆらめき続けた心に
貴女の
がんばれ!という声が聞こえました
母が死んだと知った日
体の中を風が吹き抜け
生きる意味を失ったような思いの心にも
あなたの
まけるな!という声が
確かに聞こえました
無実の罪を背負わされてからの
人間としての怒りのたびに
人間としての嘆きのたびに
人間としての悲しみの
涙のたびに
隣に支えてくれる人がいる嬉しさを
隣に励ましてくれる人がいる心強さを
隣にいて
共に苦しみを背負ってくれる人がいる幸せを
私は書かずにはおれないのです。
ありがとうと書いて、私の心が届くのでしょうか
この世にあって
こんなにも小さな存在の私なのに
貴方は何よりも大切なもののように
温かく見守ってくれました
貴方が正しく生きることの
素晴らしさを教えてくれました
この世にあって
こんなにも汚れた存在の私なのに
貴方は、何よりも清いもののように
優しく見守ってくれました
貴女が嘘のない人生の
素晴らしさを教えてくれました
貴方が変えて下さった
私の心を
貴女が変えて下さった
私の生き方を
ありがとうと書いて届けられるでしょうか。( 1984. 9 )
『 バラは咲いている 』
高い塀の傍に
バラは咲いている
炊場のゴミ穴の傍に
バラは咲いている
プレハブの取調小屋に隠れるように
バラは咲いている
誰もいない庭に
しずまり返った庭に
赤いバラは咲いている
刑務所の庭の片隅に
真っ赤なバラは咲いている
それを見ているのは
ボクひとりだけ
心の中に握り締める真実を
二十年間のボクの真実を
どこかで見つめる人があるのを思いながら
ボクはひとりでバラを見る。( 1987. 6 )
『 夢の中から 』
堪忍ができなくて、オレはぶん殴ってやった
何が堪忍できなかったのか、
誰が相手なのかは判らない
でも、腹が立った、許せなかった
押えに押えていた気持ちが爆発して
殴りかかって来る奴を投げ飛ばし、蹴っ飛ばし
殴りに殴り、暴れに暴れてやった
止めに入った職員も殴った、ぶん投げてやった
ナイフをかざしてかかって来る奴がいる
必死でかわし、奪った
そして、刺した
その瞬間に思った
ああ、これで、オレは人殺しをしていないと言っても
信じて貰えなくなった
全身から力が抜けた
悲しみで耐えきれなくなった時に目がさめた
夢だった
夢の疲れを全身に感じながら
オレはホッとした
窓は、もう明るくなっていた
雀が遊び回り
ウグイスが啼き
車も走っている
社会の一日が始まっている
オレは夢の中に解き放った
怒りや屈辱や
無実での懲役生活の苦しみの総てを
一つひとつ優しくなでてやって
また忍耐の袋の中に入れる
そして、夢の中から小便に起き上がった
もうすぐ、オレの一日も始まる
無実の罪での
また新しい一日が始まる。( 1987. 6 )
『 僕の仕事 』
僕の仕事は靴を作ることです
別に好きでやっているのではなくて
これで生活して行く考えもないのですが
何時の日か、
自分が本当になすべき仕事をする日のために
今、僕は靴を作っています
誰にも負けないように靴を作っています。
僕の仕事は運動をすることです
と言っても、好きなことを、好きな時に
好きなだけやれる自由はないのですが
何時の日か、
その自由を取り戻した日に
元気に駆け回り、動き回れるように
今、僕は運動をします
誰にも負けないように運動をします。
僕の仕事は真実を語ることです
これだけは好きなようにできるのです
好きに語れる言葉だけに
常に心を見つめながら
もう二度と、
自分の言葉で自分を汚さないように
今、僕は何事にも真実を語ります
誰にも負けないように真実を語ります。
考えてみれば、今の僕には
眠ることも、飯を食べることも
風呂に入ることも、
自分の生命を守る
一日の行動の総てが仕事です
話すことも、思うことも
書くことも、
自分の心を守る
一日の行動の総てが仕事です
だから
僕は誰にも負けないように一日を過ごします
それが僕の仕事です
それが、今の僕の仕事です。( 1986. 9 )
『 風の中に 』
冬の朝
空気の痛い朝
吹き抜ける風の中に
あなたを見る
ここは刑務所の靴工場
高い塀を越して来る風の中に
あなたを見る
頑張れと言う
あなたを見る
ここに私がいると言う
あなたの姿を見る
鋭く光る平錐
息吐くたびに曇る平錐
吹き抜ける風の中に
あなたを知る
痺れる手で靴を縫う
ここは刑務所の靴工場
鉄格子を抜けて来る風の中に
あなたを知る
無実の罪を怒る
あなたを知る
ここにも私がいると言う
あなたの心を知る
どんなに辛くても
僕は闘う
靴を縫う
どんなに苦しくても
僕は闘う
靴を縫う
どんなに苦しくても辛くても
僕は闘い続ける
靴を縫い続ける
勝利の日まで
風の中に
あなたを見る限り
風の中に
あなたの心を知る限り( 1984. 1 )
『 春の喜び 』
風邪をひいた
38℃の熱だ
大嫌いな薬を飲んで
早々と寝床に入った
ただ汗をかいて
それで治すしかない
熱で浮かれた頭は
しきりに人を恋しがる
もう忘れたことも多い
遠い日の恋人のことを
あれこれと思い出した
熱は
人を恋しくさせる。
ボクが二十才のころ
あの娘に恋をしていたころ
ボクの熱はどれくらいだったろうか
恋の熱も
風邪の熱も
熱には変わりはないせいか
風邪をひくたびに
ボクは二十才の昔に返って
あの娘を思い出す
獄中の風邪の
ひそかな、ひそかな楽しみだ。( 1990. 11 )
『 面 会 』
面会室の狭い部屋に
何時も来て背を丸める父は
何時も何時も
「余り話はないよ」
と言いながら
心配そうな目をして見る。
面会室の狭い部屋に
何時も堂々と座るあなたは
何時も何時も
「元気」
と言いながら
ニッコリと笑ってくれる。
面会室の狭い部屋に
何時も静かに来て下さるあなたは
何時も何時も
何も言わないで静かに笑う
そして静かに話を始める。
何を話すでもないのに
あなたに会うたびの
この心の安らぎは何だろう
何を話すでもないのに
あなたに会う日の
この心の晴れやかさは何だろう。
平凡な話に笑い
平凡な話に怒り
平凡な話に嘆き
唯々平凡な話をするだけで
あなたに会う日
ボクの心は春の太陽に包まれる。
今日も
あなたに会いたいと
今日も
あなたと話したいと
そう思っても
何度思っても
ボクの前には鍵戸がある
面会室までには
鍵戸五つ
そして
その先に
鍵戸が二つ。( 1985. 5 )
『 窓は締まっている 』
窓は締まっている
窓は締まっている
どの家も
どの部屋も
まるで人がいないかのように
カーテンが引かれている
雨戸が閉じられている
春の光りにも
窓は締まっている
夏の暑さにも
窓は締まっている
秋風にも
小春の日にも
窓は
窓はみんな締まっている
そこに住む人の
閉じられた瞳のように
そこに生きる人の
閉ざされた心のように
窓は締まっている
刑務所を向く窓は
みんな締まっている
どこかに
どこかにボクに向って開かれる窓が
あるはずなのに
きっとあるはずなのに
今日も
窓は締まっている
刑務所を向く窓は
刑務所を向く窓は
みんな締まっている。
『 祝 日 食 』
4月29日
天皇の祝日だったとき
刑務所ではちらし寿司が出された
5月3日
憲法記念日には
毎年、りんごが一個出される
祝日の特別食は
ささやかな愉しみだが
なぜ、ちらし寿司と果物の差なのか
どういう感覚の差なのか
何時も食べながら
民主主義国家
法治国家といわれる正体を考えていた
でも
4月29日が”みどりの日”に変わって
今年は夏みかんになった
ちらし寿司は憲法記念日に移った
天皇が死んで
これからは憲法がまっとうに扱われる
そんな変化ではないのかもしれないが
私は
今年は満足して
祝日食を食べた。( 1989. 5 )
『 行方不明 』
ボクは行方不明です
もう二十年以上も
行方不明です。
妹の子供たちに会ったことがある
バブバブと言うばかりだった
生まれたばかりの和美
その和美を、見て!見て!と
何度もさいそくしては
はしゃいでいた、寿美
名前を呼び違えたらば
悲しそうにうつむいた、寿美
あの娘たちも十七才と十五才
どのような月日を過ごして
どのように成長して行ったのか
ボクは知らない
ボクは行方不明です。
行方不明!
ついつい刑務所にいるとは言いかねて
そう言ったという妹は
ボクと一緒に苦しみを背負っている
無実の罪を背負っている。
ボクを探して歩いたという
妹の夫に会ったらば、何と言おうか
みんなに会えたらば、何と言おう
はじめまして
ごめんなさい
ありがとう
会いたかった
思うだけで胸がはずむ
でも、その日になったらば
きっと言葉が出ないかも知れない
もう娘になった子供たちは
この手に抱くこともできない。
あの日から二十三年
ボクは、まだ今日も行方不明です。( 1990. 8 )
『 仮性近視 』
どんなかげんでか
時々、風景が輝いて見える時がある
それは刑務所の独房にいれば
自由なシャバの景色が輝いているのは当り前だが
それとは違う
風邪に揺れる木々の葉が
まるで
一枚一枚輝くように見える
本当に景色が光り輝く時がある
ずーと不思議に思って来たが
やっと理由が判った
どんなかげんでか
そういう時はメガネを使わなくても
景色が良く見える時なのだ
どうやら
オレの目は
まだ本物の近視にはなっていないらしい
仮性近視だ
こんなにも美しい景色を
いつもはうすぼんやりと見逃していたのか
なんともったいない話だと思うが
まだ仮性近視ならばいいさ
真実の見えない心を持つ人間は
何というべきか
無実のオレ達を
無実のオレ達を犯人だという裁判官は
何といったら良いのかと
そう思いながら
オレは光り輝く社会を見つめる。( 1987. 7 )
『 座 標 軸 』
「遊興費欲しさのために無慈悲にも殺害した
その行為は天人ともに許さざるもので
全く反省を示さぬ言動は更正も望み難く
無期懲役を求刑するものである」
あれは二十一年前だった
検察官は
そんなことを大まじめに言っていた。
警察が犯人と言い
検察が犯人だと言い
おまけに裁判が犯人と言えば
これは信じる人も多いだろうが
無実の者は無実だ。
無実の者が犯人
それで一件落着だなんて
全くバカげた話だが
それで通用するのも
この社会なのだ。
私が
人を見つめるとき
社会を見つめるとき
この世の動きを見つめるとき
無実の人間が犯人にされる
それが通用する
バカげた体験は
正しく事実だけを見ろと教える
虚像にとらわれるなと教える。
私の獄中生活は
座標軸を作る歳月だった
人として必要な
座標軸を得るための歳月だった
明日をめざして
人として生きる
明日を思えば
この二十四年に悔いはない
そこにあるものは
人として恥じない歴史だ
座標軸が与えてくれる
明日への確信と希望だ。( 1991. 2 )