あなたは ☆ 名探偵 ― 布川事件を推理しよう!
第6回・・・ <謎の真犯人>
このコーナーでは、これまで5回にわたって<布川事件>にまつわる多くの謎についてあれこれと推理してきましたが、今回は最終回ということで、米国FBIのプロファイリングの手法なども少々拝借しながら<真犯人>の実像に迫ってみたいと思います。推理小説の最終章を読むようなつもりで、気楽にお付き合い下さい。
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― では、これまでに分かっている事をちょっと整理してみましょう!
・8畳間の机・ロッカー周辺が著しく物色されていた。
・指紋が拭き取られたような形跡があった。
・室内には激しい乱闘の痕(あと)があった。
・玉村さんは、口に布片を押し込まれた上で絞殺されていた。
・玉村さんの両足がタオル等で縛られていた。
・死体の上には敷布団等が被せられていた。
・犯人は、便所の窓に偽装工作をしていた。
と、いったところでしょうか ・・・ 。それでは、これまでの推理を補強しつつ、新たな視点から<布川事件>を検証して行きたいと思います。
― まず、犯行の動機は何だったのでしょうか ・・・?
言うまでもなく、犯行の動機が<物盗り>だったことは、室内の物色状況からほぼ間違いないと思われます。その対象が、<現金>だったのか、それ以外の物だったのかは今もって不明ですが ・・・ 。事件当時、玉村さんは、<便利屋さん>のような大工仕事をする傍(かたわ)ら、副業として密(ひそ)かに<貸金業>も営んでおりました。
8畳間のロッカーにあったチャック付皮鞄の中には、<貸金証書>が残されていましたが、犯人が一部持ち去った可能性もあり、また日記や帳簿等の記録書類が残っていないので明確なことは何も言えませんが、その辺の<副業>が事件に絡(から)んでいた可能性も否定出来ません。「 玉村さんに借金返済を迫られていた 」なんていうのも、犯行の動機としては充分に考えられます。
それ故、<物色>の痕跡が偽装だった可能性も一応考えてみる必要があります。「 偽装の物色は、中身をことさら引っ張り出して散らかし・・・いかにも『 盗んだ 』という形跡を残すわけで、荒っぽく物色したように見せかける 」( 斎藤充功・芹沢常行共著『 警視庁・検死官 』同朋舎出版 )ものだ、という指摘もあります。そう言えば、8畳間の机・ロッカーの周辺は、作為的に散らかしたようにも見受けられます。
― では、怨恨(えんこん)の線はあるのでしょうか ・・・?
つまり、例えば「 玉村さんの取立てが厳しくて逆恨みした 」というようなケース。この場合には、<殺害>自体が本来の目的ですから<殺害方法>ももう少し計画的で残忍な方法になるのが一般的です。少なくとも<殺害>の為の凶器ぐらいは事前に用意するのではないでしょうか ・・・?
<布川事件>では、玉村さんの両足を縛ったのも手近な所にあったタオルやワイシャツだったし、<殺害>自体も被害者の<木綿のパンツ>によるものでした。非常に場当たり的で、とても計画性があるようには思えません。私が<玉村さん殺害>を2次的なものだったと考える所以(ゆえん)です。
同じ理由で、いわゆる<痴情>の線も除外して良いと思います。なお、余談ですが、玉村さんは若い頃から余り女性には関心がなかったようです。かと言って<ホモ・セクシャル>だったという噂も全く耳にしてません、念の為 ・・・!
ここで1つ、私が不思議に思うのは、すぐ傍(そば)の机の下に<ロープ>があったのにそれすら使用されていないことです。<検証調書>によると、8畳間の机の下には「 トースター、袋に入った新しい朝日ゴム長靴、板に巻いたビニールコード、ロープ、箱に入ったチョコレート色の古い皮短靴・・・ 」等が雑然と押し込んであったと記載されています。犯人は、ひどく慌てていた為に、その<ロープ>には全く気付かなかったのでしょうか ・・・?
― 殺害の原因は、何だったのでしょうか ・・・?
これまで何度も申し上げてきましたように、「 犯人が室内を物色中に、玉村さんが突然帰宅したために乱闘となり、最後は口封じの為に殺害された 」というのが、どうも<布川事件>の真相のようです。たぶん犯人にとっては、玉村さんの帰宅が予想外のことだったのでしょう。イッキに殺害しないで、一度玉村さんの手足を縛り上げています。
私は、このシリーズの<第3回>『 謎の殺害方法 』で、犯人が玉村さんの身体を拘束したのは 「 犯人は、この時点ではまだ<目的のもの>を発見していなかったからなのではないか 」と推理しました。しかし最近では、「 犯人が咄嗟(とっさ)の乱闘騒ぎで取り敢(あ)えず玉村さんの抵抗を奪ったものの、その時点ではまだ殺害するまでの決断がついていなかったからではないか 」と考えるようになりました。
結果的に、犯人は玉村さんを殺害してしまうわけですが、それも<第3回>で書きましたように、気絶から醒めた玉村さんが口に詰め込まれていた<木綿のパンツ>を取り除こうとした為に、それに気付いた犯人と揉み合いになり、それが偶発的に気管を閉塞(へいそく)して玉村さんを<窒息死>させてしまった、と考えた方が自然です。
玉村さんは、ずっと一人暮らしでした。そして<検証調書>によると、玄関内板縁にあった小型金庫の中には、郵便貯金通帳と常陽銀行の普通預金通帳が各1通入っていました。また、8畳間のロッカー内にも、額面10万円の定期預金証書が1通残されていましたが、通帳類はそれ以外にありませんでした。
<貸金業>を営んでいた関係で、玉村さんは手許に多額の現金を置いていたのでしょうか ・・・? 何れにせよ、犯人はその辺の事情をよく知っていた筈です。
<犯人像1> ― 玉村家の家庭内の事情を良く知っていたが、玉村さんを恨(うら)んではいなかった。
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― では、乱闘はどうして起こったのでしょうか ・・・?
これも、犯人が<玉村さん殺害>を最初から予定していなかった証拠の1つだと、私は見ています。言い換えれば、あれ程<激しい乱闘>の痕跡が残っていたというのは、当然玉村さんからの反撃もあったからで、両者には腕力的な差が余りなかったとも言えますし、犯人にしてみれば、あるいは不意を突かれたという可能性もあります。
また、この<乱闘>の発端ですが、おそらく玉村さんが犯人を捕まえようとして掴(つか)みかかったか、殴りかかった、あるいはすぐ近所にあった<駐在所>に駆け込もうとした玉村さんを犯人が実力で阻止した ・・・ 、まあ大体そう言ったところでしょうか ・・・?
<第3回>でも言いましたように、玉村さんは身長は低い方(身長:154.0p)ですが、横にガッチリ(胸囲:98.0p)した筋肉質タイプでした。年令が62才とはいえ日頃から肉体労働をしていましたので、玉村さんにはかなりの腕力があったと思われます。その玉村さんを素手で打ち負かした訳ですから、犯人は体力的に玉村さんに勝(まさ)っていたと言えます。
ここで、もうひとつの<犯人像>が浮かび上がります。
<犯人像2> ― 比較的腕力の強い男だった。柔道等の心得があった可能性も ・・・?
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※ 余談ですが、これだけの乱闘があったのですから、犯人が無傷だったとはとても考えられません。当然に玉村さんも反撃している筈ですから、おそらく引っ掻き傷や打撲傷の類(たぐい)は受けていたと思われます。
― 犯人の<侵入口>は、何処だったのでしょうか ・・・?
私がこのコーナーで<布川事件>の推理を始めてから、早いものでもう1年数ヶ月経ちますが、最初から<侵入口>は<勝手口>だったとの確信を持っていましたが、<犯人>がどのようにして<鍵>を開けたのかが分からず、「 きっと玉村さんは鍵をかけ忘れたのだろう 」( 第2回参照 )としてお茶を濁していました。
最近、我が家でちょっとした出来事があり、突然「 ひょっとして玉村さんは、スペアキーを敷地内の何処かに隠していたのではないか 」と天啓(てんけい)のように閃(ひらめ)きました。そして<犯人>は、事前にそれを知っていたか、犯行時に偶然その<鍵>を見つけたのではないかと思います。詳しくは、第2回【 追記 】で検証していますので、そちらをご覧下さい。
― 犯人は、なぜ指紋を拭き取ったのでしょうか ・・・?
まず、誤解のないように予めお断りしておきますが、現場に<遺留指紋>があったからといって、それですぐに犯人が検挙できる訳ではありません。対照出来る<指紋>があってこそ、初めてそれが重要な意味を持ってくるのです。
その<対照指紋>と言うのは、ひとつには警察に保管されている犯罪前歴者の<指紋原紙> ― 現在では、警視庁指紋センターにAFISというデータベースに登録されています ― であり、さらにまた捜査線上に浮かび上がった<容疑者>から採取された<指紋>も当然それに該当します。
言い換えれば、観光ビザで入国ないしは不法入国して<指紋登録>をしていないような外国人の場合には、いくら<遺留指紋>があったとしても全くお手上げだということで、それはまた、玉村さんとは何の関係もない人で、犯罪前歴が全くないような日本人の場合にも当然当てはまります。
その点から推測すれば、<布川事件>の犯人には何としてでも<指紋>を拭き取らなければならない必要があったとも考えられますが、しかし単にテレビドラマから得た知識から<指紋>を拭き取っただけとも考えられますので、この辺は断定できません。
― では、犯人が(前歴のある)プロの泥棒だった可能性は ・・・?
私は、<プロの手口>が実際どのようなものなのかという事を全く知らないので何とも言えませんが、犯罪捜査の専門家から見れば、すぐそれと分かるそうで、「 プロというか、本職の泥棒がやると(物色に)むだがない ・・・ 」上に「 発見を少しでも遅らせようとするわけで(物色を)目立たないようにやる 」( 前掲『 警視庁・検死官 』)のだそうです。
その点から言えば、物色した現場の<散乱状態>を見る限りでは、とても<プロの手口>だとは思えません。― 勿論、先程言ったように<偽装>の可能性も完全には否定出来ませんが、大体において、家人がいつ帰宅するかも分からないような夜間に侵入する<空き巣>が、そうそう居るとも思えませんし、少なくとも、事前にかなりの下調べをしておかなければ出来ないことです。その意味からは、プロの犯行だった可能性は限りなく薄くなります。
― 犯人は、なぜ偽装工作したのでしょうか ・・・?
この問題については<前回>でも取り上げていますが、<犯人像>を特定する上でとても重要なことなので、重複する部分も多少あるかとは思いますが、再度検討したいと思います。
言うまでもなく<偽装工作>というのは、あくまでも<捜査>を攪乱(かくらん)するのが目的ですから色々な態様があるかと思いますが、犯罪者の心理としては、何れも自分を警察の<捜査圏外>に置きたいという強い願望によるものだと言えます。
― では、過去の事例を態様別に分類してみましょう!
1. 『 自殺 』に見せかようとしたケース
(1) 昭和42(1967)年10月に東京の大井町で発生した女性の<変死事件> ― 犯人は、被害者の首に寝巻のひもを巻き、鴨居から吊るして『 首つり自殺 』に見せかけようとしました。この時主犯格の男は、現場に2通の遺書を残し、共犯の女性に指図して<指紋>が付いていると思われる場所をハンカチで拭き取らせました。
→ このケースの犯人は、被害者と<肉体関係>のある男でした。
(2) 昭和47(1972)年7月に葛飾区柴又で発生した女性の<変死事件> ― 犯人は、睡眠薬入りのドリンクを飲ませて昏睡状態になった被害者にプロパンガスを吸わせて『 ガス自殺 』に見せかけようとしたが、その方法では全く死ななかった為、最後はガスのゴムホースを真ん中から2つに切断して被害者の頸に巻きつけてトドメに<絞殺>しました。
→ このケースの犯人は、被害者の<夫の愛人>でした。
2. 『 事故死 』又は『 病死 』に見せかようとしたケース
(1) 昭和36(1961)年6月にS町で発生したアメリカ人男性の<変死事件> ― 犯人は、酒に酔った被害者の後頭部を鉄パイプで殴りつけた後、手で頸を絞めて殺害。さらに、裸足だった被害者に靴下と靴を履かせた上、庭のびわの木の下に運んで木から落ちたように『 事故死 』を装いました。
→ このケースの犯人は、被害者の<妻>と<長男>でした。
(2) 昭和37(1962)年10月に発生した保険外交員の<変死事件> ― 犯人は、被害者を<絞殺>または<扼殺後>に隣室の掛け布団の上に寝かせて『 病死 』のように見せかけた上、現金と時計を奪って逃走。被害者は、以前から高血圧症で心臓も悪かったという聞き込みもあり、物色の痕跡もなかったため、一時『 病死 』として処理されかけましたが、後に<殺人事件>に切り替えられました。
→ この事件は、残念ながら迷宮入りになっています。
3. 『 余所者(よそもの)の犯行 』に見せかけようとたケース
(1) 昭和28(1953)年3月に栃木県で発生した<強盗殺人事件> ― 就寝中の男女4人が深夜に殺害された事件で、犯人は『 流しの悪ぶれ 』の犯行に見せかける為に、2人の女性を強姦後に茶の間で飲食した上、室内を物色したような偽装工作をしました。さらに、殺害後に全員の手足を縛り上げ、荒らされた室内を見回して、自分の足跡をきれいに雑巾で拭き取り、現金と腕時計を奪って逃走しました。
→ このケースの犯人は、近所に住んでいた<顔見知りの男>でした。
(2) 昭和26(1951)年2月に東京都築地の中華料理店で発生した<強盗殺人事件> ― 就寝中の一家4人が深夜に惨殺されて現金と普通預金通帳3通が奪われた事件で、犯人は、事件前日に雇い入れられたばかりの女中が外部から男を引き入れて事件を起こしたように偽装しました。
→ このケースの犯人は、二階に寝ていた住み込みの<店員>でした。
(3) 昭和58(1983)年1月に千葉市で発生した<女医殺人事件> ― 深夜に人気のない新興住宅地の路上で新婚間もない女医が<絞殺>された事件で、犯人は、流しの『 物盗り 』による<通り魔殺人>のように偽装しました。
→ このケースの犯人は、被害者の<夫>でした。
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先程も言いましたように、犯罪者の立場からすれば<偽装工作>の目的は自分が疑われないようにすることで、その点から言えば、犯人は実際とは<対極>にある事件のように<偽装>するものと考えても良いのではないでしょうか ・・・?
上記の事例でも分かるとおり、<殺人> → <自殺>又は<事故死>の様に偽装したり、又動機の点から言えば<怨恨> → <物盗り>や、被害者との関係という点からは<身内> → <他人>の様に偽装しています。
理屈の上からは、その反対の<偽装>も考えられますが、実際にあまり見受けられないのは、一般的にその必要性がない為なのでしょう ・・・ 。たとえば、<自殺>ないし<事故死>を<殺人>に見せかけるのは、ある特定の人を罪に陥れるような場合が考えられますが、小説ならともかく現実的にはどうでしょうか ・・・?
― ・・・ なんて言っておきながら、実は2例ほど見つけてしまいました。ちょっと脱線しますが、その1つは、昭和34(1959)年に上野公園であった『 信用金庫係長の変死事件 』で、この場合は本人が<他殺>のように<偽装>していましたが、実際は青酸カリによる<服毒自殺>でした。それは、信用金庫のお金を使い込んだ事実を隠蔽(いんぺい)する為の<狂言自殺>だったようです。( 芹沢常行監修『 変死体は語る 』二見文庫 )
もう1つは、昭和48(1973)年8月に東京都足立区であった『 独身女性変死事件 』で、一見<密室殺人事件>の様相を呈していて、それまで交際のあった男性に疑いの目が向けられましたが、実際にはこのケースも<睡眠薬自殺>でした。別れ話を持ち出した不倫相手の男に対する<当て付け>だったようです。( 芹沢常行著『 完全犯罪と闘う 』中公文庫 )
この2つの事例は、<自殺者>が自分の<名誉>を守る為に、あるいは不実な交際相手の男に対する<復讐>の為に<殺人事件>のように偽装したのであって、その実態は<殺人事件>ではありませんので、ここでは除外して考えて良いと思います。
それでは、<物盗り>を<怨恨>に見せかけたり、<他人>の犯罪なのに<身内>の犯罪のように見せかけるようなケースはどうでしょうか ・・・? これもどちらかと言えば、自分の犯行を眩(くら)ます為に特定の人に罪を着せてしまうような場合が考えられますが、極めてレアなケースだと言えます。<犯行目的>の重点がどちらかと言うと後者の方にあり、返ってその意図から逆に足がついてしまうような事にもなりかねません。
ところでご覧のように、先の事例で未解決の1例を除き、犯人が全て被害者の<関係者>だったというのは決して偶然ではありません。彼らには、その必要性があったのです。というのは、<関係者>はその数が非常に限定されている為に<捜査範囲>が狭く、いずれ捜査の手が自分に及ぶ事は容易に想像出来るからです。特に犯人が被害者の身辺にいて、すぐに<容疑者>としての取調べを受けるような立場にいる人の場合には尚更でしょう。
裏を返せば、本当に行きずりの犯行だった場合には<偽装工作>する必要など全くないということです。
<布川事件>の場合では、杉山さんが8畳間と4畳間との境の外側のガラス戸を外し、桜井さんが内側のガラス戸を外した後に便所の窓の桟を外して<偽装工作>をしたものと認定されていますが、ふたりは玉村さんとは実際ほとんど<面識>がなかったので、その意味からは<偽装工作>する必要性など全くなかったと言えます。
なお、<布川事件>において<偽装工作>であることがハッキリしているのは、<便所窓の桟>の件だと思われますが、<真犯人>がこの<偽装工作>により意図したものが「 流しの物盗りによる犯行 」だと捜査官に思わせたかったのだろうという事は、容易に想像出来ます。ということであれば、8畳間の机とロッカー周辺の散らかりようも<偽装工作>の一環として意図的にやった事だとも充分に考えられますし、又そう考えた方が現場の状況に一致します。
言い換えれば、犯人は現場に侵入した時点で既に<目的物>の在処(ありか)を知っていたが、その事実を隠す為に8畳間の机とロッカー周辺を意図的に散らかす必要があったのだとも言えるのではないでしょうか ・・・?
以上から、また1つの<犯人像>が浮かび上がって来ました。
<犯人像3> ― 玉村さんとは何らかの近しい関係にある人物だった ・・・?
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さて話は変わりますが、一般的に
<事件現場>には犯人の意思とは全く関わりなく何らかのメッセージが残されているもので、その<声なき声>に耳を傾けることによって、犯人の<性格>なり<特徴>なりを把握し、さらに<心理分析>を試みることによって、その事件の<犯人>をある程度特定出来るのではないか、とするのが<プロファイリング>の骨子だと私は理解しています。そこで、布川事件の<事件現場>の状況からその外に何か読み取れるものはないか、これから順次考察して行きたいと思います 。
― 玉村さんの両足の<縛り方>に何らかの特徴があるでしょうか ・・・?
<検証調書>には、次のように記載されています。「 足首には、・・・ 黒い斑点のついている白ワイシャツを1巻き巻いて、こま結びに結んであり、その下に長さ1.05mのタオルを2巻き巻いて、一重結びに結んである。」
また、
<秦鑑定書>の記載は、次のようになっています。「 ・・・左右下肢足関節直上部に於て左右下肢を緊縛(きんばく)せる布様物を認む。同緊縛はタオル状の物にて二重に緊縛し、外踝部(がいかぶ)前面上部にて1回の結節をなし、更に同緊縛上部を白色布様物(白色ワイシャツ)にて前記緊縛を補強状に一重に緊縛し、前記緊縛結節と略々同一ヶ所に於て2回の結節をなす。その緊縛の度合は強度にして両下肢の屈伸のみにて緊縛を排除することは至難なり。」ひも等の結び方には、職業柄または個人的な特徴があり、ある程度
<犯人>を識別する手掛かりになるそうですが、残念ながら私の手許には<検証調書>に添付されていた写真がないので、その点を詳しく検証する事ができませんので、取り敢えず上記文書の記述内容から分かる事を書き出してみましょう。まず
<犯人>は、玉村さんの両足首に<タオル>を2回巻き付けた後、踝(くるぶし)の前面上部で<一重結び>に結びました。次に、それを補強するようにその上から<ワイシャツ> ― おそらく袖の部分 ― を1回巻き付けて、<こま結び>にきつく縛(しば)った、といったところだと思います。「 長さ1.05mのタオル 」というのは、小さめの<バスタオル>なのでしょうか ・・・ ? 不思議な寸法です。通常の<フェイスタオル>は70p位しかなく、実際にやってみると、何とか2巻出来るのですが結ぶのはとても困難です。我が家の<バスタオル>を計ってみたら、1.15mありました。2巻すると<一重結び>がやっとで、そのままでは直ぐに解(ほど)けてしまいます。
その為、その上からさらに
<ワイシャツの袖>を結びつけたのでしょう。<こま結び>というのは、一般的には<固結び>とか<本結び>と呼ばれているもので、とても固く結べる特徴があり、解(ほど)くのには非常に骨が折れます。( 参照 http://www.jsdi.or.jp/~yacht/index4.htm )犯罪捜査という点からは、
<一重結び>や<こま結び>はあまり特徴のない縛り方で、犯人を割り出すのはちょっと難しいようです。 ― 余談ですが、<こま結び>をインターネットで検索したら、<結び方>のホームページがとても沢山あるのには非常に驚かされました。 <犯人像4> ― 犯人は、キチンと紐(ひも)を結ぶことが出来るくらいの器用さはあった。= * = * = * = * = * = * = * = * = * =
― 犯人は、なぜ死体に布団等を被せたのでしょうか ・・・?
その前に、まず<検証調書>の記載がどうなっているか見てみましょう。次のように記載されている筈です。
「 ・・・頭部を北東方に足を逆くの字形に曲げて西南方に向け、左側を下にして、体を東南方に横に向けて死亡していて、・・・右腰の上に チョコレート色地に黄色の格子模様敷布団の一端を折り曲げ、三角形の頂点が背部になるような形で無雑作に載せてあり、右肩の上には背部から白開襟シャツがかけてある。」
左の写真は、ちょっと不鮮明ですが、玉村さんの死体の背後から撮った写真です。 写真の上部が押入で、
<ライオンクレンザー>のダンボール箱が転がっています。中央部付近に白く写っているのが
<白開襟シャツ>でしょうか ・・・ ? その右に黒っぽい格子縞の<敷布団>が被せられているのが分かります。― さて、この点について過去の事例はどうなっているでしょうか ・・・ ?
私が調べてみてちょっと驚きだったのは、被害者の死体に<布団>を被せていたケースが意外に少なかった事です。勿論、紙面の都合で割愛されていた場合もあるかとは思いますが ・・・ 。
私が実際に確認出来たのは、調査した400件余の殺人事件のうち、次の4件だけでした。なお、この被害者に<布団>を被せるという行為も次の3つのケースに類型化出来るかと思います。
1つは、@一般的に犯人が自分の<身内>を偶発的に殺害してしまった場合に死体を安置しているようなケース(『 安置型 』)で、もう1つは、A被害者が<病死>ないしは<就寝中>であるかのように<偽装>しているようなケース(『 偽装型 』)。そして最後は、B文字通り被害者の頭から<布団>をスッポリ被せて、外部から見えないように隠しているようなケース(『 隠蔽型 』)。
では、過去の事例がどのケースに該当するか、確認してみましょう!
(1) 昭和22(1947)年3月に東京都豊島区で発生した<殺人事件> ― 母親が14才になる娘のヒステリーを気に病み、思い余って絞殺。母親は、犯行後に娘の死体に<布団>を被せ、鉄道に飛び込み自殺。 → @のケース
(2) 昭和28(1953)年3月に栃木県で発生した<強盗殺人事件> ― 上記の<偽装工作>の事例でも取り上げましたが、就寝中の男女4人が深夜に絞殺された事件。死体は、何れも<布団>の中で手足を縛られていた。 → A又はBのケース
(3) 昭和40(1965)年10月〜12月にかけて西日本で発生した<連続強盗殺人事件> ― わずか2ヶ月ばかりの短期間のうちに、京都から福岡にかけて8人の老人が殺害され、現金が奪われた凶悪事件。いずれも一人暮らしの男性ばかりを狙い、殺害後死体に<布団>を被せるなど、手口が似ていた事から警視庁の<広域重要事件>に指定された。 → Bのケース
(4) 昭和48(1973)年10月に宮城県で発生した<殺人事件> ― 仙台市に住む学生が下宿先の息子に刺殺された事件で、ふたりが同性愛だったことから一時新聞紙上を賑(にぎ)わせた。その被害者は、<布団>の中で洋服を着たまま殺害されていた。 → @又はAのケース
私は、これまでちょっとした誤解をしていました。つまり、「 面識のあるものや近親者などの殺人では、よく、顔を隠すように布団やタオルをかけたりするものである。」( 前掲『 完全犯罪と闘う 』)との記載にもあるように、近親者間の<殺人事件>では、そういうケースが多いものだとばかり思っていましたが、実際はちょっと違います。
というのは、近親者間の<殺人事件>というのは、肉親に対する激しい<憎悪>から殺害に至るようなケースもかなり多く、そのような場合には、<殺害方法>もむしろ残忍で、その激しい<憎悪>を剥(むき)き出しにするかのように、陰惨な死体を放置したままにしているケースが多々見られます。
ところで話を戻しますが、<布川事件>の場合には、先の<検証調書>の記載を持ち出すまでもなく、明らかに上記Bの『 隠蔽型 』、すなわち、被害者の頭から<布団>をスッポリ被せて、外部から見えないように隠しているようなケースに該当すると思われます。
<計画的殺人>の場合には、究極的な<証拠隠滅> ― 死体の処分 ― をするために、死体をバラバラにして投棄したり、土中に埋めたり、焼却したりして<完全犯罪>を図ろうとしますが、この<布団>を被せる行為も最終的な結果はどうであれ、犯人の意図としてはこの流れを汲(く)むものだと言えます。
ただ、殺人が<偶発的>に発生したものだった為に、犯人はその<死体>の処理に困ってしまい、取り敢えず<布団>を被せて隠蔽(いんぺい)したと考えた方が、現場の状況をうまく説明出来るのではないでしょうか ・・・ ? この点からも、犯行の主目的はあくまでも<物盗り>で、<殺人>は2次的なものだったと言えます。
<犯人像5> ― 犯人は、最初から玉村さんに<殺意>を抱いていた訳ではなかった。
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※ さて、以上長々と私の推論を述べて来ましたが、最後にその取りまとめをしたいと思います。が、その前に1点だけ付け加えたいことがありますので、もう少々ご辛抱下さい。
これまで
<犯行現場>の状況をつぶさに検証して来ましたが、それらから察するに、 <真犯人>のプロファイリングをする上でとても無視できない事実が浮かび上がって来ました。 というのは、前述の通り<犯人>は玉村さんの足を縛ったり、<指紋>を拭き取ったり、<偽装工作>をしたりと様々なことをしていますが、それらは全て玉村さんとの激しい<乱闘>があった後で行われているということです。玉村さんとの<格闘>は、<犯人>にとっては事前に全く予想もしていなかった<突発的なアクシデント>だった筈で、それにも拘わらずその後の処置は実に冷静にやり遂げています。私事で誠に恐縮ですが、私の高校は男子校だったので、体育の正課の授業の中に<柔道>の時間というのがありました。その<柔道>の後にやる授業というのは、全く悲惨なもので、暫(しばら)くの間手が震えてまともに字を書けなかったのを今でも覚えています。
その意味からすると、乱闘後にどの位の時間が経過していたのかは不明ですが、この<犯人>は見事に立ち直っています。ここに常人とは異なる<資質>を見ることが出来ます。すなわち、この<犯人>にとっては、このような激しい<格闘>ないしは<運動>はそれ程珍しいことではなく、非常に鍛えられた身体をしていたのではないかと考えられるからです。
― では、これまでに判明した<犯人像>を列挙してみましょう!
1. 玉村家の家庭内の事情を良く知っていたが、玉村さんを恨(うら)んではいなかった。
2. 比較的腕力の強い男だった。柔道等の心得があった可能性も ・・・?
3. 玉村さんと何らかの近しい関係にある人物だった ・・・?
4. 犯人は、キチンと紐(ひも)を結ぶことが出来るくらいの器用さはあった。
5. 犯人は、最初から玉村さんに<殺意>を抱いていた訳ではなかった。最後に、ちょっと危険ではありますが、以上の断片的な<犯人像>を総合して私なりの推測をあえて申し上げるならば、次のようになります。
<真犯人>は、・・・「 被害者宅から比較的近い所 ― おそらく徒歩圏内 ― に住み、独身者か、若しくは深夜に帰宅しても家族に不審がられないような立場にいて、かつ、ごく普通の正常な社会生活を営んでいる。玉村さんとは以前からの顔見知り ― <貸金業>の顧客? ― で、何度か玉村さん宅を訪ねたこともある。また過去に柔道等の格闘技をした経験があり、事件当夜は玉村さんが外出するのを偶然見かけたか、午後8時過ぎに玉村さん宅を訪ねて留守なのを偶然知った人物で、玉村さんの家庭内の事情にかなり詳しい人物である 」と言った所でしょうか ・・・ ?
これが、どれだけ正確な<犯人像>を言い当てているかは不明ですが、少なくても、犯人が捜査当局の容疑者リストに1度くらいは載った可能性はあるように思えてなりません ・・・!
― さあ、貴方ならどんな推理をされますか・・・?
( 2002. 9 T.Mutou )
<参考文献>
・『 指紋捜査官 』 堀ノ内雅一著/角川書店
・『 鑑識捜査三十五年 』 岩田政義著/中公文庫
・『 完全犯罪と闘う 』 芹沢常行著/中公文庫
・『 変死体は語る 』 芹沢常行監修/二見文庫
・『 謎の殺人事件簿 』 近藤昭二著/二見文庫
・『 警視庁・検死官 』 斎藤充功・芹沢常行共著/同朋舎出版
・『 殺人全書 』 岩川隆著/知恵の森文庫
・『 隣の殺人者4/女医絞殺 』 佐木隆三著/小学館文庫
・『 実録・戦後殺人事件帳 』 アスペクト
・『 FBI心理分析官 』 相原真理子訳/早川書房