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第7話:1年目 サンデーカップ2 決勝2。


 「やってまいりました、Sunday Cup第2戦。2戦目はここHigh Speed Ringからお送りして参ります。実況担当はわたくし片桐彩子と、解説は芹沢勝馬さんでお送り致します。では芹沢さんよろしくお願いします」
 「はい、よろしくお願いします」
 「えー、今日のRaseですが、見所というのはあるんですか?」
 「そうですねぇ、前回の第1戦で優勝したゼッケン7番の高見公人選手と2位のゼッケン1番古式ゆかり選手のバトルが大きな見所になるんではないでしょうか」
 「Oh〜!わたしも1戦目はStandで見ていたんですが、他のクルマを引き離してかなり熱いDead Heatを繰り返していましたね」
 「ただ今回のコースはパワーサーキットなため、現在3番5番グリッドにいるこの両名がどこまで順位を上げるか、楽しみなところです」
 「Yes、わたしも楽しみです。おっと、そろそろFormation Lapが始まる模様です…はい、今スタートしました。各車ペースカーの先導に従ってゆっくりとホームストレートを駆け抜けています」
 「何戦かに1度はここでペースカーをぶっちぎってしまう人もいるんですが、今回はそのようなことは無いようですね」
 「え? そんなバ…もとい、勘違いしてしまう人がいるんですか?」
 「極たまに、ですけどね。ドラミできちんと話を聞いていないとか。まぁその場合はその場で失格となってしまいますが」 
 「Hn〜、さて、フォーメーションラップの間にグリッドの発表に入りたいと思います。まず今回のポールポジションはニッサンスカイラインR33GT-R。ドライバーは女性の方ですね、清川望選手。申告では300馬力オーバーと言う事です。えーこれは人間が…ではないですね。はい、2番手はこれも手が入ってますね、スバルインプレッサ、ドライバーは矢内裕選手。3番手はチームゆかりの94年式シビック、古式ゆかり選手。4番手は前回惜しくもリタイアしてしまったトヨタMR-2GTS、高茂良一選手。5番手は前回の優勝車95年式シビック、高見公人選手……」
 
 今回は新人教育のためにサンデーカップから実況生中継がはいっているが、レース中の公人達には実はあまり関係がない。
 この放送はサーキット内だけの簡易的なモノで、各所に配されているモニタやスピーカから流されている。
 ちなみに実況の片桐彩子は今年冬からGTカップの実況を担当する予定らしい。GTカップ以上のレースはTV放送もある本格的なモノだ。

 話を現在のレースに戻そう。

 既にレースは5周を終了していた。
 公人は5周目の1コーナー前で1台に抜かれて現在の順位は3位。古式は相変わらず1位を走っている。
 ただ、3台の距離はほとんどなく、ぴたりとつながった状態で走り続けていた。4位以下は10秒ほど後方につながっている。
 さすがにある程度レース経験がないととてもこのサーキットを全開で20周など走れるものではない。
 基本的にビビる。
 それを考えると2位のクルマのドライバーは結構レース慣れしていると言えるだろう。
 しかし古式の独特でナチュラルで予測しにくいブロックには手が出ないようだ。
 うかつにラインを外して追い抜きをかけても次のコーナーで思いも依らぬ減速を強いられるだけだ。
 それを解っているのかぴたりと古式の後ろに張り付いている。
 
 「うむ〜、前のクルマも抜きあぐねてるみたいだけど、オレもこの状況だと、抜きにかかれないよなぁ」
 だいぶスピードに慣れた公人がブツブツとコックピット内で言っている。
 後ろがいないので何となく余裕がある。
 「さて、どーすっかな」
 そうした状態が12周目まで続いていた。
 このあたりになりポツリぽつりと周回遅れのクルマが出始めていた。
 速度差が割とあるので抜きをかけるのは難しいことではない。
 抜かれるクルマが後ろをきちんと確認していれば、の話だが。

 4台目の周回遅れを古式がパスしようとしたとき、2番手のクルマがいきなり加速を始めて古式のクルマを抜き去った。
 コーナーが迫っていたので一瞬速度を周回遅れと合わせたのが、後ろのクルマの追い抜くチャンスをつくってしまったらしい。
 だが、抜いたラインはレコードラインを大きく外れていた。
 次のコーナーをクリアするにはかなりの減速を要するラインだ。
 しかしなにを焦ったのか、コーナー手前で一瞬ブレーキランプが光ったがあまり減速することなくコーナーに進入していく。
 もちろん、いくらそのクルマが高性能であろうと曲がれる速度ではない。
 曲がりきれずにあわてたのかリアが跳ね上がるほどのフルブレーキングをコーナリング中にしてしまい、そのままスピンを始めてしまった。
 すぐ後方には古式と公人がついている。
 横になりながら迫ってくるクルマを2台はかろうじて回避する。
 そのとき古式は右のミラーが僅かにかすったためにそのままもぎ取られ、公人はエスケープゾーンをショートカットする形になったため、大幅に速度ロスとなってしまった。
 スピンしたクルマはそのままコーナー外側の壁にリアをヒットさせ、その勢いでコーナー内側にあるエスケープゾーンに飛び込み、ようやく停止した。

 「え? な、公人クンは? 公人クンは大丈夫なの?」
 先頭グループで1台がスピンアウトしたという報告が事務所内にも伝わり、それを聞きつけた詩織が驚いて立ち上がる。
 「落ちついて詩織ちゃん。いま詳しい情報が入るから」
 「う、うん」
 とは言え、時速200km以上で事故を起こせばどうなるか、レースに疎い詩織にだって理解できる。
 気がつくと手が微かに振るえていた。
 「えと…あ、そうですか。わかりました。ではそのまま事故処理のほうお願いします」
 無線で美樹原がコースオフィシャルと連絡を取り合い、事務所の他のスタッフにも指示を出した。
 その足で詩織の元に向かう。
 「め、メグ?」
 「大丈夫、高見さんはギリギリのところでかわしたみたい」
 「あ…よかった…」
 ほっと力が抜ける詩織だったがその手はまだ振るえていた。

 「バカ野郎、無茶しやがって!」
 コースに戻り、猛然と加速しながら公人が独り叫ぶ。
 エスケープゾーンを走行したダメージも無いようだったが、今回ばかりは公人も運が良かったとしか言いようがなかった。
 事故のことを考えるのはまた後回しにして、とにかく古式を追うことに専念しようと、既に点になっている古式を追った。
 今回はなかなか追いつけない。
 コーナーでかろうじて差が縮まるか、というような程度だ。
 5台目の周回遅れもホームストレート上だったのでほとんど抵抗無くパスされて行く。
 周回遅れをパスしながら古式がルームミラーでちらりちらりと公人の動きを気にしている。
 今朝「がんばります」と言った以上手を抜くわけにはいかないと思っているのか、前回のように勝ちをゆずることは考えていない。
 古式としても限界のドライビングをしている。それでもゆっくりと公人が近づいてくる。
 周回を重ねれば公人にいつか追い抜かれるかも知れないというのは古式にも理解できた。
 「やっぱり高見さんはすごいですねぇ」
 ぽつりとそう言って、ヘルメットの中で微笑んだ。先ほどの事故についてはあまり気に留めていないようだ。

 しかし、レースというのはいつまでも走り続けるものではない。
 全20周のうち既に12周を消化し、今は13周目に入っている。
 残り周回は7周弱。このペースでは追い抜くにはすでに遅すぎたようだ。

 2コーナーのコーナーポストで黄旗が振られていた。この先危険ありで追い越し禁止の合図である。
 先ほどの事故の処理をしているので黄旗が振られているのだ。
 しかもコース内にオフィシャルが入っているので限界走行をしていては非常に危険である。
 コース内で人が動いているというのは著しく集中力を損なうのだ。
 実際エスケープゾーンで人の動いているのも見えているので、古式はすこし速度を落とした。
 無論公人も危険があるというのは百も承知である。
 だがそのまま速度を落とさずに古式の真後ろに張り付く。
 黄旗が出続けている以上追い越しはかけられない。
 次のポストまでそのままの状態の走行が続いた。

 最終コーナー手前で黄旗が解除された。
 古式も公人も加速を始める。
 だがまだ古式の後ろからは出ない。ストレートで勝負をかけるつもりなのだ。
 古式もあえてブロックしようとせずただ先へ先へと逃げるようにクルマに鞭を入れる。

 直線に入る。
 お互い最高速まで加速するが、古式のスリップにいるせいで公人の方が僅かに加速がよかった。
 古式のクルマがグッと近づいたところでスリップから抜けて古式の左に並ぶ。
 空気抵抗の減速Gが一瞬感じられたが、すぐに5速のレブリミットに当たり、加速がそこで止まった。
 最高速同士では二台はほとんど差がなかったが、加速が良かった分僅かに公人の鼻先が前にあった。
 レブカウンタの針がレッドゾーン内で激しく振れている。
 エンジンも苦しそうな悲鳴を上げているように聴こえていた。
 
 1コーナーに入り、先にインを取った公人が前に出た。ついに順位がここで入れ替わった。
 今度は公人が追われる番である。
 
 ここで再び実況を聞いてみよう。
 
 「あーっと、ついに順位が入れ替わりましたね」
 「そうですね。派手な抜き方ではありませんでしたが、きれいな抜き方だと思います」
 「ストレートでの速度はあまり変わらないように見えましたが」
 「スリップストリームにいた分だけ加速に有利だったんでしょうね。コントロールライン直前で横に並びましたから」
 「おっとっと、2コーナーで高見選手ちょっと危なっかしかったですねー」
 「追われるもののプレッシャーでしょうね。これがレース経験を積んでいるドライバーでしたら集中力を最後まで持続させることも可能なのですが。高速サーキットで体力的にもエンジン的にもキツイレースですからね」
 「そうですか。あ、先ほどの事故処理も一段落したようです。黄旗が除かれました」
 「残り6周。どんなレースを見せてくれるのか楽しみですね」

 「なんてこったいっ!」
 さっきから公人のクルマの挙動がちょっとおかしい。
 コーナーでかなり無理に曲がっているのだ。古式も不安定な公人のクルマから少し距離を置いている。
 とはいえ、射程圏内ではあるが。
 「しくったなぁ。3速がつぶれたぁ!」
 はき捨てるようにヘルメット内でそうつぶやく公人。
 「あと何周だ? ったく。このままじゃタイヤがもたんぞ」
 嘆いたり怒ったりしている余裕はない。
 とにかく現状をしっかり把握し、今出来る最善の方法でドライブするより他はない。
 「うーん、古式さんもなんか警戒してちょっと距離置いてるな。さっきのスピンの事もあるからなぁ」
 オーバースピードで曲がるのでかなりタイヤ、人間共に負荷が大きい。
 3速はコーナー脱出で一瞬加速を稼ぐのに使う程度だが、それでもその分速度をおとせてレコードラインを取れるので結果的にその方がタイムが速いのだ。
 古式はさっきからぴたりと同じ距離を取っている。いつでも抜くのは可能な位置だ。
 加速で一気に抜かれる可能性も今の公人のクルマでは十分にあり得る。
 「むー今のレースにこだわることもねーか」
 半ばあきらめ気分で減速してコースを開ける。
 3位以下とは一周近い差が付いている。ここまで来たら安全に2位を狙っていくのがベストな選択だろう。
 リタイアするのもばからしい。
 しかし古式は抜かなかった。代わりに2回パッシングをする。
 「ここまで来たのでしたら、最後までがんばる方がよろしいかと思います」
 というのが古式の言い分だ。クルマの状態が普通でないことは古式も感づいている。
 「はれ?抜かないのか?」
 公人はしばし考える。
 「…最後まであきらめるなっつーことか。古式さんにがんばれって言っておいて、ここでオレがあきらめたらカッコつかないよな」
 一つ息を吐いて、ステアリングを握り直す。
 「ほんじゃ、根性だして行くとするか」
 アクセルを目一杯踏んで加速を始めた。
 
 基本的にここのコースの全てのコーナーは公人のクルマでも4速で曲がれないことはない。
 ただ、クルマもなんとか曲がって行くと言う感じでラインもうまく取ることは出来ないし、タイヤや足周りへの負担も大きい。
 1周2周ていどならまだなんとかタイヤも持つだろうが、これで何周もとなるとはっきり言って途中でグリップは確実に無くなる。
 まだこのレースも丸々5周残っている。
 ペース的にも古式と同じか、それよりちょっと速いかという程度だ。割にあった走り方ではない。
 しかし今まさに公人はそのペースで運転せざるを得なかった。

 「んぬおおおお…!」
 やはり今まで3速で入っていたコーナーに4速で飛び込むのはさすがに辛い。
 もっと速度を落としてもいいが、それだと立ち上がりの加速が無くなってしまう。
 古式に抜かれないように走るにはこれしかない。
 クルマのコーナリングフォースも限界なので、ちょっとしたミスで簡単に挙動を乱してしまう。
 コーナーでグリップを失ってもカウンタを当ててある程度は復帰は出来る。しかしソレではあまりにロスが大きいし、過度の摩耗によってそのうちタイヤもバーストしかねない。
 あまりきれいな方法でもないが、とにかく古式のラインと重ねて抜かれないようにブロックを続けていかなければならない。精神的にも体力的にもこれはかなり厳しい。
 ゴールポストに設置してある電光掲示板が「5」と表示する。残り5周だ。
 「あと、5周…ちょっと気が遠くなりそう」
 まだ余裕はあるようだ。

 「ねえ、さっきからあのトップの7番、動きおかしくない?」
 観客席でオーロラビジョンに映し出されていた公人のクルマを見て、青い髪のショートカットの女の子がそんな疑問を口にした。
 「そうね、私もさっきから見ていたけど、恐らく中速側のギヤがつぶれたんじゃないかしら」
 連れと思われる女性がそう答える。会話の様子からは同じくらいの年齢のようだが、こちらのほうが多少年上にも見える。
 長い前髪が顔の右半面を隠しているため、あまり表情が読みとれない。
 「ギヤをつぶす程度の腕前だけれど、それを補おうとあんなドライブをするなんて、ふふ、根性だけはあるわね。気に入ったわ」
 「そうねぇ、ねえ、どうしようか?」
 「あなたの好きにすればいいわ。私はあのドライバーなら反対はしないわよ」
 「そう?わかった」
 なにやら意味深な会話をする2人だが、それとは関係なくレースはいよいよ終盤を向かえていた。

つづく。

やば、おわらない…。


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