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第8話:1年目 サンデーカップ 決勝3。


-TGTM 8- 一気にまとめに入ったから長いっす。

 「この、曲がれ!曲がれ!!曲がれえ!!!」
 どアンダーを出しながらコーナーをぎりぎりに曲がって行く。
 3速がつぶれてから既に3周が経過していた。
 4速5速でかなり危なっかしいドライビングを続けている。
 普通に走るより精神的、肉体的にかなり辛い。
 身体を包み込むような形状のバケットシートとは言え、急激な横Gがかかればそれなりに苦しい。
 ただハンドルで身体を支える必要がないだけ楽と言えば楽だが。
 
 2台のクルマが縦に並んでコントロールラインを通過していく。
 古式も公人に負けじと必死について行っている。おかげで2台の差はほとんどない。タイム的にも1/100秒も違わない。
 サンデーカップでありながら、この白熱した走りに観客席も沸いている。
 
 今の公人のドライビングには余裕がない。
 だから周回遅れを追い抜くにもかなり苦労する。
 「ぐおおお、そこ!前のクルマ!コースを塞ぐんじゃない!!」
 と運転席内で叫んでも聴こえるはずもないが、そのくらい余裕がない。
 前のクルマは一応レコードラインを開けてくれているのだが、公人のクルマが勝手に別のラインをたどろうとしているので結局前を塞ぐという状態になる。
 そんな極限状態の中で走りながら考えることと言えば
 「帰ったらミッションケースオーバーホールは面倒だなぁ」
 とか
 「そういえば隣の家の玄関前のアサガオがそろそろ咲きそうだな」
 と、大したことは考えていない。
 もっとも古式も公人を必死に追いながら、今編んでいるセーターが終わったら次は何を編もうか、なんて事を延々考え続けている。
 そうしながら再びホームストレートに戻り、ついにレースは最終ラップを向かえた。

 「詩織ちゃん、最終ラップよ。外に出てチェッカー見なくていいの?」
 少なくともあと50秒後にはレースが終了する。何事もなければ公人か古式のどちらかがトップでチェッカーを受けるはずだ。
 美樹原は気を利かせて詩織にそう言ってみた。
 「うん…そうね、ここで心配しても仕方がないよね」
 「だったら、急がないと。レース終わっちゃうよ」
 「あ、うん」
 そう言って立ち上がり、2人は事務所から出てゴールポストに向かった。
 ポストではすでにオフィシャルがチェッカーを持って待っている。
 その間にも周回遅れが1台、また1台とコントロールラインを勢いよく通過して行く。
 
 公人たちは今トンネルを通過しているところだった。
 ここは5速フルスロットの緩い右コーナがつながって行くところで、その先に最終コーナが控えている。
 現在の順位は1位が公人、2位が古式と依然変わらない。
 2台ピタリと前後に並んで通過していく。
 無理なドライブで既に公人のクルマのタイヤは摩耗し、グリップも限界を超えていた。
 緩いコーナーにも関わらず、タイヤがアウトに逃げようとしている。
 「もうちょっと、もうちょっとがんばってくれ」
 逃げるタイヤに忙しくカウンタを当てている。
 そして最終コーナに入る。
 がつんとブレーキを踏み一気に前輪に加重を乗せ、ハンドルを切り込む。
 減速が目的ではないから、ブレーキングは一瞬でいい。それでもタイヤのグリップがないのでロックしかける。
 4速に落とし、クリップまでパーシャルアクセル。クリップを抜けたら一気に加速。
 のはずだったが、すでにグリップが追いつかない。
 アクセルオフでもアウトに流れてしまう。
 今のタイヤではオーバースピード過ぎたのだ。
 「どーせアウトに流れるんなら!」
 アクセルを目一杯踏んだ。
 タイヤから白煙が上がる。
 しかし当然ながらアウトにアウトに流れて行く。
 そこで古式が空いてしまったインに入った。
 そのままコーナー出口で2台が並ぶ。
 シフトアップのタイミングもほぼ同時だった。
 観客席からは歓声が沸いている。しかし、エンジンノイズでそんな声など聴こえない。
 公人も古式もただ前だけを見て走っていた。
 
 「あ、来た」
 美樹原が小さく声を上げた。
 「うん」
 詩織がそう答え、胸の前で両手を握りしめた。
 ポストではチェッカーが振られるべくオフィシャルが構えている。
 
 公人と古式のクルマからも遠くにチェッカーを構えるオフィシャルの姿が見えた。
 既に全開で加速しているのでいまさら何をすることもできない。
 ただ真っ直ぐに走るようにハンドルを握りしめるくらいだ。
 もうほんの数秒でレースが終わる。
 真横には古式が並んでいる。どちらが1位でもおかしくないくらいぴたりと並んでいた。
 よくもまあ、こんなきれいに並んだものだと公人も感心する。
 コントロールラインが見えた。
 チェッカーが振られる。
 2台同着か、と公人が思った矢先、突然一気に車体が右に持って行かれた。
 反射的にハンドルを左に切り返すが、クルマは右方向に進み続ける。
 コントロールラインは古式がわずかな差で先に通過していた。
 公人ももちろん通過したが、進む先にはコンクリートウォールが立ちはだかっている。
 原因は公人のクルマのタイヤがバーストしたせいだった。
 摩耗しきった右前輪がコース上の小石かなにかの破片を踏んでしまったらしい。
 瞬間的にタイヤがめくれて吹き飛んだのでグリップを失い、ハンドルが右に切れてしまったのだ。
 それでもその瞬間に左にハンドルを切ったせいで壁にまともに当たることはなかったが、右フロントを斜めにぶつけ、左にハンドルを切っていたのと衝突の反動で半回転し、コースを横断してピットロード側の壁に右リアをぶつけ、そしてそのままこすり続けて停止した。
 激突を免れたとはいえ時速200km以上での衝突だった。2度目の壁にヒットしたとき、衝撃で公人は気絶している。
 ハードブレーキングでタイヤがロックしたのかコース上に白煙が揺らいでいた。

 「い、いやあ、公人クン!」
 目の前で公人のクラッシュを見て半ばパニック状態になった詩織が公人のクルマ目指して走り出す。
 「あ、詩織ちゃん!」
 美樹原も詩織を追いかける。
 ホームストレート上だったので、1度目の衝突と同時にオフィシャルが動いていた。
 コース上にクルマが止まると一斉に黄旗を振り、公人救助にあたっている。
 とっさに左に切ったのが幸いし、公人に外傷はほとんどなかった。
 オフィシャルが助手席側から公人に声をかける。
 「おい、キミ、大丈夫か? おい!」
 軽く肩をゆさぶる。
 フルフェイスのヘルメットで力無くうつむいているので表情が読めない。だが気絶していることは確認できた。
 2人がかりで助手席側から引きずり出され、タンカに移される。
 と、外に出たところで意識が戻った。
 「あたたた…あれ?」
 「お、気がついたか? 怪我はないか? 立てるか?」
 公人の意識が戻ったのでオフィシャルが声をかける。
 「え、あ…大丈夫です。なんとか」
 そう言ってタンカから降りてヘルメットを脱いだ。
 「ぷう、いやーまいったな。こりゃ」
 「バーストした瞬間にとっさに左に切ったのは正解だったわね。あのままだったら今頃病院かあの世行きよ」
 オフィシャルではなく、どこかのチームの関係者だろうか、公人にそう声をかけた者がいた。口元は笑っているが、前髪が顔半分を覆っているのでイマイチ表情がつかめない。
 ふと周りを見回すとピット前だからか結構な人だかりが出来ていた。
 ちょっと沈黙した後に
 「あ、あの、どもお騒がせしました」
 照れたようにそう言うと、周りからどっと笑いが起こり、そして拍手がおこった。
 「よくやった」の意味だろう。今日のレースのヒーローとも言う。あまり有り難くないけど。

 と、その中を割って入ってくる者が公人の視界に入った。
 「あれ? 詩織」
 言い終わらないうちに抱きついてくる。
 「お? し、し、詩織!?」
 「よかった…」
 「え?」
 顔を伏せているので表情は見えないが声が少し振るえていた。
 「ずっと心配してたんですよ。詩織ちゃん」
 美樹原が何も話さない詩織のかわりにそう話す。
 「詩織…」
 と声をかけたとき、急に痛い視線を感じた。
 あわてて視線の方に振り向く。
 そこにはいつも通りの笑顔をたたえた古式の顔があった。
 「こ…しきさん…」
 「急に横からいなくなってしまったのでビックリしました」
 「あ、いやあの、これはその…」
 「すごいですねぇ、わたくしではとても真似できません」
 「え…う、うん。でもオレも無意識だったから」
 「それにしてもご無事で安心いたしました。それではわたくしはこれで。また後でお会い致しましょう」
 そう言うと、ゆっくりとした足どりで自分のピットに戻っていった。

 「おーい、公人ぉ!」
 古式と入れ替わりにやかましい声が近づいてくる。
 好雄だ。
 「大丈夫か? 事故ったんだろ!? …」
 と言いながら人垣をかき分けて姿をあらわした。
 「あり? 何やってんだおまえ」
 詩織に抱きつかれている公人を見てあきれたように好雄がつぶやく。
 「いや、なにって…」
 言葉に詰まる公人。
 「はぁ、とにかくローダー回しておくわ」
 心配して損したという顔で好雄はピットに戻って行った。
 
 周りを囲んでいたギャラリーもそれをきっかけにぞろぞろと散っていく。
 コース上にぽつんと、公人と詩織、美樹原の3人が取り残された。
 「えと、詩織あのさ、そろそろ…」
 詩織に抱きつかれてまんざらではないが、やっぱり大勢の人前だとちょっと恥ずかしい。
 美樹原も何か言いたそうだが口を挟めずにいる。
 「…」
 無言で詩織は公人からゆっくりと離れた。
 そして何か言いたそうに公人の顔を見上げたが、言葉が詰まったようにまた顔をうつむかせた。
 「あの、そろそろ表彰式とか始まりますので、コントロールタワーの方に行きませんか?」
 ようやく美樹原もそれだけを言って、タワーの方に足を向けた。
 「ごめんなさい、わたし、どうかしてたね」
 2歩下がり、詩織がそう言って上げた顔には笑顔があった。ただそれが無理に作られたモノだと言うことは公人にも理解できる。
 公人が何か言おうと口を開きかけたが、すぐに詩織の言葉に遮られた。
 「さ、行きましょ。もうみんな待ってるわよ」
 「あ、うん」

 結局それっきり表彰台に行くまで詩織とは会話がなかった。
 詩織と無言でタワーに向かって歩きながら、公人もいろいろ考えていた。
 詩織がいきなり抱きついてきたことについて、言いかけてやめた言葉について、今重苦しい雰囲気で歩いていることについて。
 隣で歩く無言の詩織をちらりと見ても結論は出ない。
 詩織に聞くわけにもいかんしなぁと考えてると、ふいに朝日奈の声が聞こえた。
 「あれ? 高見クン、無事だったんだ」
 いつものように明るい笑顔で公人に近づく。
 「全身打撲の複雑骨折で意識不明の重体で、今日明日が山で今は三途の川が見えてるお花畑でモンキーダンス踊ってる頃だってさっき聞いたんだけど」
 「…誰から?」
 「早乙女君」
 「あいつか…」
 「足、あるよね」
 「? あるよ?」
 「よかった、生き霊かと思っちゃった」
 そう言ってあははと笑う。言いたいことの一つもあったが、まぁ無事だったからいいか、と公人もつられて微笑する。
 「公人クン、わたし、先行くね」
 詩織がぽつりとそう言って独りタワーに向かって歩いていった。
 「あ、待ってよ詩織」
 「あれ、彼女?」
 朝日奈が詩織の後を追おうとする公人を捕まえて詩織の後ろ姿を見ながら尋ねる。
 「い、いや、そんなんじゃないけど」
 「ふぅん。あちらさんはそんな雰囲気じゃ無いみたいだったけどね」
 「え?」
 朝日奈の神妙な顔つきに思わず公人も聞き返すが
 「あーいやいや、今のはなんでもないわ。で、表彰式、そろそろ始まる頃だけど」
 はっと気づく公人。
 一体誰のせいでここで足止め食らったと思ってるんだ、と言おうと思ったとたん
 「あはは、そうだ、あたしが足止めしたんだっけ。あははっ。メンゴメンゴ!」
 という笑いに怒る気力も無くして、それじゃ、とタワーに向かって駆け出した。

 公人はクラッシュはしたものの、2位でゴールを果たしているので当然表彰台に登っている。
 カップと賞金をもらい、一通りのプログラムが終わったので表彰台を後にして自分のピットに戻ってきた。
 クルマの処理が待っているのであまり長いこと余韻に浸っていられない。
 ひとまず荷物をまとめていると、書類のような者を持って美樹原がやってきた。
 「あの、よろしいでしょうか?」
 「え? ああ、どうぞ」
 「えーと、次のレース、どうなさいますか?最終戦なんですが」
 「へ? あ、次のレースね。出来る限り直して出たいんだけど…」
 そう言ってコース上に止まってしまった自分のクルマを思い出す。
 フロント右半分がつぶれてリアも右端から車体の中央付近まで完全につぶれてしまっている。
 「一応次のレース棄権されてもポイントは残りますから」
 美樹原の目でも直らないことは一目瞭然だ。暗に棄権を促している。
 「シリーズ中に登録車以外のクルマに乗り換えるのは一応禁止になってますし…」
 「……」
 「高見さん?」
 「そうだなぁ、やっぱ無理だよなぁ。…わかった。次は棄権する」
 「あ、はい。判りました。それにしても残念でしたね」
 「いや、まだまだオレも未熟だっただけだよ。結果的にクルマに無理させちゃったしね。でも最後までよく持ってくれたよ」
 そう言う公人の口調には謙遜はなかった。
 「ま、また近いうちにこのシリーズエントリーすると思うから。その時はまたよろしく」
 「はい、こちらこそ、よろしくお願いします。ではこれで」
 戻ろうとする美樹原を、ふいに公人が呼び止めた。
 「あ、美樹原さん、詩織は…?」
 「え? 事務所で休んでいますけど。呼んできましょうか?」
 と言われて公人はクビを2、3度横に振り、
 「いや、いいよ。あとで自分で会いに行く」
 「そうして下さると助かります。…詩織ちゃん、なんか元気ないみたいだから」
 元気がない? さっきのことと関係があるんだろうか、まだ美樹原がいるにも関わらず公人はちょっと考え込んでしまった。

 気がつくと美樹原の姿はもう無かった。
 代わりに私服に着替えた古式が入ってきていた。
 古式の姿を公人が認めたのを見計らって古式が口を開く。
 「あのぉ、少しお時間よろしいでしょうか?」
 「あ、古式さん、いいですよ」
 そう言って奥のベンチに古式を座らせ、自分も隣に座った。
 「本日は残念でしたねぇ」
 「あー、まぁ、自分のせいだから」
 「そういえば、途中からわたくしも、ついて行くのが大変でした」
 「いや実はね、あれ、3速ギヤつぶしちゃって、それであんな走り方になっちゃっただけなんだ」
 そういって苦笑する。
 古式はあいかわらずゆったりとした笑みを浮かべて公人を見ている。
 公人は見つめられているのに気がついて視線を外し
 「えと、なにか用があってきたんじゃないの?」
 「あ、忘れていました。実は、」
 「おーいゆかりぃ。高見クン説得できたぁ?」
 古式が本題を言う前に朝日奈の大きな声がピット内に響いた。
 「は? 説得?」
 「あ、夕子さん。いえ、今からお話ししようとしていたところです」
 「えー、まだ話してなかったの?」
 「はい」
 「クルマの外だとほんとテンポ遅いんだから」
 「はぁ、申し訳ございません」
 「まーそれがゆかりの持ち味だしね。しょがないっか」
 「で、何しに来たんだ?」
 少しいらつき始めた公人が催告するようにそう言うと
 「あれ、高見クン。あ、そうそう、高見クンに相談があるんだけど。悪くない話だと思うわよ?」
 「そりゃ内容を聞いてみにゃわからん話だけど」
 「じゃあ単刀直入に言うね。ズバリ、うち、チームゆかりのドライバーとして来て欲しいの」
 「は?」
 「うちんとこのチーム監督がなんだか高見クンのこと気に入っちゃってて。あ、監督ってゆかりのお爺さんだけどね」
 「……」
 「どしたの?」
 「いや、いきなり想像もしてなかった話だったから」
 「返事は次のレースまででいいわよ。私たち次の最終戦終わったら今度はクラブマンカップに上がる予定だから、もう1人ドライバーが欲しいらしいのよ」
 今まで公人にこういう類の勧誘がなかった訳ではない。何度か色々なチームから誘いがあったのだが、今一つ納得がいかなかったのとやはり1人の方が気が楽だというのがあり、全て断ってきていた。
 しかし今回はなんとなく心が揺らぐ。
 「ん…わかったちょっと考えさせて」
 「そ? じゃあ、色良い返事、期待してるわよ。みんな公人クンが来るの楽しみにしてるみたいだから」
 朝日奈の公人の呼び方が「高見クン」から「公人クン」に変わっていたがそれに気がつく公人ではなかった。
 
 クルマをローダーに載せて自動販売機の前でひと休みしている公人達の前に1人の女の子が現れた。
 ショートカットにした青い髪が歩くリズムに合わせて揺れている。
 キョロキョロと辺りを見回し、「7番」のゼッケンが貼ってあるままの公人のクルマを見つけて納得したように頷いて、そして公人たちの方に近づいてきた。
 「あっあの、ちょっとすいません。あのローダーに載せてある7番のクルマのドライバー知りませんか?」
 そう言われて公人と好雄は顔を見合わせた。
 女の子は名簿のようなものを見ながら続ける。
 「えっと、えっと、高見…なおと? さんって言う方なんですけど」
 「あ、オレ」
 公人がそう答えるが
 「はい?」
 と言って青い髪の女の子は事態が飲み込めていない。
 「オレ」
 「はぁ、そうですか」
 やっぱり解っていない。
 「だから、その高見公人ってのは、オレ。いまキミの目の前で缶コーヒー飲んでるヤツだよ」
 「え? ええ?! あっごっごめんなさい。わたしったら!」
 ぺこぺこと頭を下げている。
 「あーいや、それはいいんだけど、オレになにか用?」
 「あ、そうでした!」
 こほんとひとつ咳払いをすると

 「あなたには根性があるわ。私たちと一緒にGTワールドカップを目指しましょ?」
 「…はい?」

つづく。
 


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