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第20話:クラブマンカップ 第2戦 Clubman Stage R5 本戦ゴール 3 。


 Conquest Racingのスタッフたちも後かたづけに入っていた。
 ついさっきまで勝利の余韻に浸っていたのだが紐緒の一声でそれもお開きとなり、それでも相変わらずザワザワと楽しそうに話しながら撤収作業を進めている。
 紐緒は紐緒でスタッフの一人と計測機器を片づけていた。
 PCやWSなどをつなげて構成されているので、配線の処理が結構めんどくさい。
 全部バラしたあとは梱包作業も待っているので、さすがに紐緒一人の手には余る。
 虹野も什器や雑品などを秋穂と一緒に運んだり箱詰めしたりしていた。
 見慣れない客がチームのパドックを影から覗いていたのはそんなときだった。

 その姿に気が付いたのは紐緒だった。梱包作業が一段落し、少し風に当たろうとピットから外に出たときにその姿に気が付いたのだ。
 不審に思って、
 「何か用かしら?」
 と、いつもの口調でいきなり問いただした。
 「え? あ、あの」
 慌てて振り向いたその人物は詩織だ。
 オフィシャル専用のブルゾンを着ていたが、紐緒はお構いなしだ。
 「もう一度言うわ。うちのチームに何か用かしら?」
 「あ、あの、公人ク…高見さんはいらっしゃいませんか?」
 紐緒の強い口調に、かなり押され気味な詩織だ。
 しかし別に紐緒はそんな強く言っているつもりはない。なにかを問おうとすると、自然にこういった口調になってしまうだけなのだ。
 「高見君? 表彰式が終わってから、どこかに行ってしまったわ。用件があるのなら伝えておくけど」
 「あ、いえ、いなければいいんです。ちょっと個人的な用事ですから」
 詩織は少し困ったような笑顔で応え、ぺこりと軽く会釈して小走りでピットから離れていった。
 「どうしたの? 紐緒さん」
 二人の会話に気が付いた虹野がピットから出てきたが、既にそのときには詩織の姿は見えなくなっていた。
 「さあ、オフィシャルのブルゾンを着ていたみたいだけど。高見君に用があったようね」
 「オフィシャル? なんだろう、あの事故のことかな?」
 「それだったら、きちんとしたカタチで通知しに来るはずよ。影で隠れている必然性がないわ」
 「うーん、それもそうね。じゃあなんだったんだろう。気になるなぁ」
 「それより、遅いわね、高見君。もう15分になるわ」
 不機嫌そうに溜息をはくと、紐緒はまぶしそうにコース上で灯り続けている水銀灯を眺めた。

 「なにやってるんだろな、わたし」
 コントロールタワーに戻る道すがら、立ち止まってぽつりと詩織がつぶやいた。
 なんだかなにもかもが空ぶっているような気がしてならない。
 また小さく溜息をはいて、ふと夜空を見上げた。
 まだピットエリアの途中なので照明が強く、晴天の夜空なのに星一つ見えない。
 それが今の詩織には一層寂しげに感じられた。
 吐く息が僅かに白くなって夜空に広がっている。まだ秋もこれからだが、それでも夜になるとそれなりに冷えてくる。
 独りでいるとどんどん気が滅入ってきそうだった。
 「あれ? こんなとこでなにやってんだ、詩織」
 「え?」
 振り返ると、まだレーシングスーツ姿の公人が不思議そうな顔で立っていた。
 ピットに戻ろうと歩いていたところに、詩織の姿が見えたので声をかけたのだ。
 不思議そうな顔をしているのは、詩織がボーっと夜空を眺めていたかららしい。
 「公人クン…」
 「よ、今日はお疲れさん」
 そう言いながら、詩織のそばに歩み寄って
 「なんか見えるのか?」
 と、さっきまでの詩織と同じように、夜空をあおぎ見た。
 「ちょっと夜風が気持ちいいなって思ってただけ」
 「そっか。で、こんなところでなにやってるんだ?」
 「あ、うん。今さっき公人クンのピットに行って来たところなの。もう帰るから一声かけてからと思って」
 「わりぃ、ちょっと知り合いのとこのピットに顔だしてたんだ」
 「ううん、でもこうやって会えたから」
 軽く首を振って、公人に微笑みかえした。
 「まぁ、結果オーライ、かな」
 公人は視線をそらして、鼻の頭を掻いた。
 「それにしても、今日はビックリしたわ。レースの終わり頃に事故あったでしょう? あれまた公人クンかと思っちゃって。メグから公人クンじゃないって聞いてほっとしたけど」
 「えーと、レース見てなかったの?」
 「うん。あの時間メグと休憩室にいたから。でも結構大きな事故だったみたいね」
 「あれね、オレとトップ争いしていたクルマだったんだ」
 事故の話を聞いて、苦く微笑みながら公人が言った。なるべく深刻な顔にならないようにしたつもりだが、やはり詩織は察してしまったようだ。
 「知り合い、なの?」
 公人の表情を見てそう聞く詩織だが、そんなことは聞くまでもなかった。
 数瞬の間を空けた後、コクリ、と困った顔で公人が頷いた。
 「ごめんなさい、ちょっと無神経だったね、私」
 「しょうがないさ」
 「うん…ごめんね…」
 僅かな時間だが、二人を重たい沈黙が包んだ。
 夜風が冷たい空気を二人の間に運んでいる。冷気が時間の流れを遅くしているようにも感じられた。
 この沈黙をやぶったのは公人だった。重苦しい雰囲気に耐えられなかったためだ。
 重苦しい雰囲気を作ってしまった反省からか、うつむいている詩織に向かって、なるべく明るく話しかけた。
 「と、ところでさ、さっきもう帰るって言ってたけど、時間とかまだ大丈夫なのか?」
 「…うん、まだバスも電車もあるから大丈夫よ」
 ゆっくり顔を上げながら、詩織も少し明るめに答えた。
 「バスって、詩織クルマで来てなかったんだ」
 「うん。来るときはメグのクルマで連れてきてもらったんだけど、メグは明日もレースの仕事があるから今日は泊まりなんだって」
 「だから帰りはバスで、ってか」
 「そうじゃないの、送ってくれるって言ってくれたんだけど、メグ明日も早いし、それじゃ大変だからって私が断ったのよ」
 「そうか」
 公人はそう言った後、少し考えるようなしぐさをしながら
 「じゃ、一緒に帰らないか?」
 と詩織に言った。
 「え?」
 公人の言葉に驚く詩織だが、気持ちの中には実はそう言って欲しいという期待感もあった。
 だから公人は気が付かないようだが、その声には少しうれしさも混じっていた。
 「あ、いやほら、家も隣だしさ」
 驚き顔の詩織に狼狽して、慌てて公人はつけ加えた。
 「うん、ありがとう。一緒に帰りましょ」
 少し恥ずかしげに詩織が微笑んだ。

 「高見さん、ホンットに遅いですね」
 すでに撤収が済んで空っぽになったピットの中で、秋穂が溜息混じりで虹野に言った。
 壁にもたれてコツコツと踵で壁を小突いているところをみると、かなりイラついているらしい。
 「ホントねぇ、捜しに行った方がいいかなぁ」
 やっぱり虹野も溜息混じりだ。
 「子供じゃないんですから、そんな必要ないですよ」
 「そう、よねぇ」
 スタッフはすでにパドックのほうで待機し、あとは帰るばかりとなっている。
 紐緒と数人のスタッフは、荷物やクルマを運ぶ関係で一足先に帰途についていた。
 「高見君置いて帰るわけにも行かないし…」
 虹野が言いかけたとき、駆けてくる足音が聞こえた。
 「悪い悪い、遅くなっちまった」
 足音の主がかけ込みながらそう言った途端、秋穂が爆発した。
 「悪い、じゃないでしょう! みんなさっきからずっと待ってたんですからね!!」
 公人の目の前まで迫って一気にまくしあげた。
 あまりの剣幕にさすがの公人もなにも言えずにじりじりと下がるが、それに合わせて怒った顔がじりじりとにじり寄る。
 「う…、ご、ごめん」
 「まぁまぁ、みのりちゃんもその辺にしてあげて。高見君も反省しているみたいだから」
 虹野が助け船を出して、秋穂もようやく公人から離れた。ただまだ怒りは収まっていないようだが。
 「でも心配したんだよ、高見君。用があって出るのはいいけど、今度からもう少し早く帰ってきてね」
 「うん、ごめん」
 「ん、判ってくれたらいいの。さ、早く着替えて帰りましょ」
 うれしそうに微笑みながら虹野が言った。
 「でも、トランスポーターはもう帰っちゃったし、更衣室も閉まってますよ?」
 まだちょっと不機嫌な様子の秋穂が言うが、別に公人は気にする様子もない。
 「じゃあそこら辺で着替えるからいいよ。えーっと、オレの着替えの荷物は…」
 「あ、一緒に外に運んじゃった」
 「高見さん、ちゃんと見えないところで着替えて下さいね」
 そう言う秋穂の顔はちょっと赤い。
 「大丈夫大丈夫、オレそういうのあんまり気にしないから」
 まだ草レースとかやっていた頃は、よくその辺の影で着替えていたりしていたので、公人的にはちょっとくらい女の子に見られてもどうってコトはない。
 「私たちが気にするんです!」
 「はいはい、わかったよ」
 また爆発されるといやなので、素直に秋穂に従うことにしたようだ。
 その後みんなのところに戻って、荷物を受け取ってちょっと離れた影になっているところで着替え始めた。
 自分では影に入っているつもりなのだが、
 「だから、丸見えだってば!!」
 真っ赤な顔の秋穂にそう言われても、どこ吹く風の公人だった。

 「それじゃみんな、今日はご苦労様。さっきも言ったとおり、明日は夕方から祝勝会だから、時間厳守で集まって下さい」
 虹野の挨拶で解散となり、スタッフたちは皆、ぞろぞろと駐車場へ移動を始めた。
 そんな中、1人だけ別方向に歩き出した者がいた。公人だ。
 「あれ? 高見君、どこ行くの?」
 公人が別方向に歩き出したのに気がついた虹野が、その背中に声をかけた。
 「あ、ちょっと友だち乗せて行くから。それにオレ、みんなとは駐車場所も離れてるし、気にしないで先に帰っててよ」
 平然と言う公人だが、内心はドッキドキだ。隣の家の幼なじみとは言え、なんとなく後ろめたい。
 「そう、じゃ明日、遅れないでね」
 そんなこととはつゆ知らず、虹野は笑顔でそう言うと、秋穂に引っ張られるように駐車場へと歩いていった。
 「友だちが見に来てたのね」
 何気無しにそう言った虹野の言葉に秋穂が反応した。
 「友だちって、あの幼なじみって人のなのかな」
 「知ってるの?」
 「ええ、予選前に高見さんに会いに来てました。その人のこと幼なじみって言ってましたから」
 「へぇ、そうなんだ」
 どんな人なのかは虹野は聞かなかった。ただ何となく秋穂の口調から女の子かなという雰囲気は察したようだ。
 「ところで明日の祝勝会ですけど、ずいぶん段取りいいんですね」
 秋穂が急に話題を変えた。虹野の表情がちょっとかげったせいもある。
 「あ、うん、紐緒さんがね、とりあえず初参加記念ってことで準備しておくって言ってたの」
 「え? 紐緒さんが自分で準備したんですか?」
 「そう、なんか紐緒さんの従姉妹が居酒屋経営してて、それで宴会場借りてくれたみたい」
 「へぇ〜、あの紐緒さんが。珍しいこともあるもんですねぇ」
 いつもの笑顔で答える虹野と対照的に、秋穂の表情はかなり驚きであふれている。
 秋穂の知っている紐緒ではあり得ないことだから、仕方がない。紐緒がああ見えて案外世話焼きなことを知っているのは虹野くらいなものだ。
 「それで、今日優勝したから大サービスだって」
 「ホントですか!? 楽しみだなぁ」
 話しているうちに駐車場についた二人は、まだ自分たちのクルマのまわりで今日のレースの勝利の余韻に浸っているスタッフたちに別れを告げ、クルマのシートに収まった。
 クルマは虹野の運転するデミオである。秋穂はもちろん虹野の運転するクルマの助手席の中だ。
 ゆったりと虹野が運転する帰りの車内では今日のレースについてずいぶん盛り上がったらしい。

 「おまたせ〜」
 公人が待ち合わせ場所で壁にもたれかかっている詩織に声をかけた。
 公人の姿はジーンズのパンツに緑色のブルゾン姿だ。足下は普通のスニーカーで、ついさっきまでサーキットの中で走っていたとは思えない姿である。
 着替えが入っているのか、大きなバッグを背負っていた。
 パドックからここまで短くない距離を駆けて来たにも関わらず、息一つ切らしていない。紐緒のトレーニングメニューのおかげだろう。
 公人の声にそれまでうつむいていた詩織も、ぱっと笑顔で向かえた。
 詩織の姿も似たようなモノで、ジーンズのパンツに髪の色よりもややくすんだ感じの赤い上着を羽織っていた。
 顔もレースクイーンの時の化粧を落として、極薄く化粧をするに留めている。
 表彰台で見た詩織より、やっぱりこっちの詩織の方が、詩織らしいと公人は思った。
 「待った?」
 「ううん、私も今来たところだから」
 そう言って詩織も足下のそれほど大きくないバッグを手に取った。
 「荷物それだけ?」
 「うん」
 「えっと、じゃあ、行こうか」
 「うん」
 コクリとうなずくと、公人と並んで、歩き始めた。
 最初のうちは二人とも無言だったが、最初に口を開いたのは詩織だった。
 「久しぶりだよね、こうやって二人で帰るのって」
 詩織の声にはうれしさというか懐かしさというか、そう言う響きを含んでいた。
 夜空を見上げて「はぁ〜」っと白い息を吐いた。
 「そう、だな。昔はよく一緒に帰ったけどな」
 詩織の横顔を見ながら公人が言う。
 「そうだね、公園とか、駅前とか、寄り道しながら」
 詩織も公人の顔を見て微笑んだ。
 その顔を見て、公人は照れたようにポリポリと鼻の頭を掻いている。
 「どしたの?」
 「いや…、それよりもう11時まわってるぜ。こんな遅くておばさんたち心配しないか?」
 「あ、それなら大丈夫。二人ともいないの。一昨日から旅行行っちゃってて。帰るのは明後日だって」
 「…あのさ詩織、オレだって一応男なんだけど」
 「?」
 困ったような苦笑しているような複雑な表情を浮かべている公人に対して、詩織はキョトンとした顔をしている。
 「無防備にそう言うコト言うなってコト」
 「あ……、でも、わたし公人クンのこと信用してるから」
 少し頬を赤らめて詩織が小さく微笑んだ。

 それから程なくして二人は公人のクルマにたどり着いた。
 広い駐車場には公人たち以外だれもいない。駐車場を照らす大きな水銀灯にぽつりと一台だけが照らされている。
 「結構広かったんだな、こっちの駐車場って」
 まだGTリーグの観客だった頃は朝も早くから来ていたのでもっと客席側の駐車場に停めることが多かったし、最後の一台になることもなかったので、改めて公人は感心するようにまわりを見渡した。
 「あれ? 公人クンのクルマ1台だけ? チームの人たちは?」
 「え? ああ、みんなとは離れたところに停めさせられちゃったんだ」
 チームのみんなと離れた場所にクルマを停めているのは別になにか意図があったワケではなく、単に待ち合わせ時間に遅れておいてけぼりを食ったためである。
 出場者用の駐車場はもともとあまりキャパが無いので、1チーム当たりの駐車スペースも決められている。
 今回紐緒が2台もトランスポーターなんかを持ち込むことになったので、チームのみんなもそれぞれ相乗りしてやってきていた。公人もスタッフのクルマに同乗して来る予定だったのだが、待ち合わせに遅れてしまったために、結局自分のクルマで来ざるを得なかったと言うわけだ。
 到着したところですでに出場者用の駐車場には停めることが出来ずに、一般用の駐車場に停めることになってしまったのである。
 公人の説明を聞いた詩織は
 「…相変わらずなのね…」
 とポソリと溜息混じりにつぶやいたが、公人の耳には届かなかったらしい。
 「なんか言った?」
 「う、ううん。なんにも」
 ごまかすように笑いながら、助手席のドアを開けてクルマに乗り込んだ。
 いぶかしげな顔をしながらも、公人も詩織に続いてシートに収まった。

 「5分もすれば暖まってくるから」
 駐車場を出てサーキットのゲートをくぐったところで、公人が運転しながら送風口に手をかざした。
 まだエンジンが暖まっていないので、出てくる空気は冷たい。
 「ううん、大丈夫。そんなに寒くないから」
 詩織は上着とバッグを両手でヒザの上に抱えて座っている。
 上着を脱いだ今の服はベージュのトレーナー姿だ。その下に薄い色合いのチェックのワイシャツのエリが覗いている。
 公人もブルゾンを脱いで、茶系のコールテンのシャツ姿で運転している。
 「荷物、トランクに入れなくてよかったのか?」
 「大したモノ入ってないし、全然軽いから」
 バッグをそう言って両手で持ち上げた。詩織が叩いて見せるとポコポコと音がした。
 「ジャマだったら後ろの席においときなよ」
 「うん」
 会話がとぎれ、クルマの中には軽いエンジン音とロードノイズが響いた。
 交通量の少なくなった道路を制限速度よりちょっと速い速度で走っている。
 空いていても公人はいつもこの程度だ。
 詩織も公人の運転に最初ちょっと緊張気味だったが、想像してた運転とはまるで違った大人しいモノだったので、今はリラックスしているようだ。
 いくつ目かの信号待ちで公人がトントンとハンドルの上を指で叩いていると、詩織がクスクスと笑い出した。
 「なに?」
 不思議な顔で公人が訊ねると
 「やっぱりただのクセなのね、それ」
 と詩織が笑いながら答えた。
 「それって…どれ?」
 「ハンドルの上を叩くクセよ」
 「あ、これ。手持ちぶさたなときに出るみたいだな」
 公人もハンドルの上を指で叩くクセがあるのは自覚してはいたが、だいたい言われるまで気がつかない。
 本来クセというものはそう言うモノなのだが。
 「信号待ちの度にやってるわよ」
 「そんなにしてるかぁ?」
 「さっきはなんかリズムに乗ってる感じだった」
 信号が青になったので、ゆっくりとクルマを発進させる。
 「見ててうっとうしい?」
 「そんなことは無いけど…」
 「じゃ直すのやめ」
 「…公人クンらしいわね……」
 溜息混じりに詩織が苦笑した。

 詩織の家の前に公人のクルマが止まったのは、丁度日付が変わろうとしていた時間だった。
 「ありがと、公人クン。助かったわ」
 クルマから降りた詩織が、運転席まで小走りで駆けて公人に言った。
 「家隣だし、たいしたことじゃないさ」
 そう言って公人もクルマを降りた。ガレージの門を開けるためだ。
 「…隣じゃなかったら送らなかった?」
 公人の背中にそんな台詞を投げかけた。
 ガレージを開けながら公人はキョトンとした顔をした。
 「隣じゃなかったら幼なじみでも無かったろうに」
 ガラガラとシャッターの開く音が澄んだ空気の中に響きわたった。
 「そっか、幼なじみか」
 笑っているような困っているような、そんな複雑な表情で詩織は空を見上げた。
 サーキットでは明るすぎて見えなかったが、今は空にいくつも星が輝いているのが見える。
 「だいぶ冷えてきたからもう家に入ったほうがいいぜ。風邪なんてひいたらバカらし……っくしょいっ!」
 言ってるそばから公人が大きなくしゃみを一発放った。振り返って詩織を見ると、クスクスとおかしそうに笑っている。
 「本当冷えてきたわね。送ってくれたお礼に暖かいココアでも煎れてあげるから、家寄って行きなさいよ」
 「っつーても、こんな時間に女の子の家入るってのもなぁ」
 公人は赤い顔で困っている。
 「もしかして、またなにかヘンなこと考えてる?」
 ちょっと怖い顔で詩織が目を細めた。
 「あう、い、いやなにも考えてません。喜んでお呼ばれさせていただきます」
 「判ればよろしい」
 詩織がそう言った途端、二人ともほとんど同時に吹き出した。
 僅かな間だったが、静かな空気の中に楽しそうな二人分の笑い声が広がっていた。


つづく。
なんか終わらないうちにときメモ2とGT2が発売されるんですけど………。

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