彼は独り、それに書かれた記号を必死に眺めていた。 左の脳では理解しているにもかかわらず、右の脳が理解できない状況に彼は戸惑いを感じていた。 確かに今までの彼はそれに目を通したことがなかった。いや、見ることすら拒絶していたのかもしれない。見たところで彼には何の有益な情報も書き記されていなかったからだ。 だが今は違った。今の彼とって、その書き記された記号こそが全てであった。 彼の置かれた状況の変化は彼の想像を大きく超えるものだった。いや、恐らく彼でなくても自らがその事態に陥ることなど想像することは出来なかっただろう。 彼は同じ頁を何度も何度も、それこそまさに「穴があくほど」睨みつけていた。 しかし、何度見ても、そこに書かれている記号が変わる訳でもなく、大きなため息と共に傍らにいた友人に声をかけた。 「やっぱダメだわ」 傍らの友人は乾いた笑いを彼に返すだけだった。 彼らはその「オーディオフィッティング表」を元に戻し、店をあとにした。 ってわけで、「祝・オーディオ装着」をお送りします。 ことの始まりはロードスターのメーカーオプションである「BOSEサウンドシステム」を蹴ったことから始まった。 このBOSEシステムはロードスター専用にチューンされたもので、もちろんロードスターもBOSEシステムが装着されるように設計されている。 オープン状態でも快適なサウンドを提供するという大きなお世話なシステムだ。 営業の方にも勧められたが、1DINのMDデッキでの設定がなかったため、断った。同時に抱き合わせメーカーオプションである「オートドアロック」も無くなってしまったのだが。 今考えれば、正解だったのかもしれない。 このBOSEサウンドシステムは一度装着したが最後、別なデッキが組み合わせられないという問題を抱えている。 実際後から営業の方が言っていたが、BOSEシステムのデッキを別なデッキに入れ替えるとほとんど音が出てこないという。 別なデッキに入れ替えたければ、BOSEシステムを丸ごと入れ替える必要がある。 セールスは軽く言い流していたが、これって結構問題なんじゃないのか? しかもオートドアロックは、BOSEシステムを付けないと装着されない設定である。なにかがおかしい気がするのは気のせいだろうか。 そういうわけで、オーディオレスで購入したロードスター。納車日にさっそくカー用品店にオーディオを付けにいきました。 とりあえずもよりの用品店を回り、実際に音を聞いたり店員に値段を聞いたりしてカタログを集め、ソバ屋で作戦会議。 一通り付けるものも決めたので、さっそく用品店へ行き、取り付けなどの料金や時間などを聞いて、フィッティング表で確認したところで、今回の問題が発生したのです。 デッキは問題無いのですが、スピーカーに関してはどのメーカーも現行ロードスターの項目に「×」が。わが目を疑いしばし放心する自分。そして遠い高校生だった日々へと記憶が飛び始めたのです。 いや飛びはしませんでしたけど。 これは何かの陰謀なんだろうか。145で懲りたから国産にしたのに、こんな、こんな馬鹿なことってっ、 店員も呆然としてましたが、みんなで呆然としててもラチがあかないので、最後の手段の自動波へと旅立つことにしました。 あそこだったらナニかやってくれるだろうという淡い期待と共に轟天茜丸を発進させた。 1時間ほどで到着。店員つかまえて「ロードスターにこれとこれとこれは付くか?」と聞き、実際にクルマを見て貰い、「これなら付く」と出されたのを見て放心してしまった自分は、遠い小学生の頃に旅立っていました。 転校のこと。初恋のあの子のこと。運動会のこと。走馬燈のように流れる思い出にしばし酔いしれていた自分でしたが、いつまでも現実逃避しててもしょうがないので、ふらふらと休憩室に行き、どかりとソファーに身を預けてました。 慣れないクルマですでに100キロに届く距離を走っている。心身共に疲れ切っていた。目をつぶると懐かしい中学生ときの記憶が・・・ってもういいっちゅーの。 ちょっとボーっと考える。結論は割と早く出た。 「やっぱディーラーオプション後付け。これしかない。ちゅーかオレって天才? みたいな?」 横で座っていた友人が、なにか得体の知れないモノを見るような目をしたので、さっさとクルマに戻りディーラーに電話した。 どうやらオプションはあるようだ。今から行くと言い置いて、自動波を後にした。 時間も時間だったためそのすぐ後に友人とも別れ、30分ほどでディーラー到着。とくに考えること無くスピーカーとツィーターを注文し、納期を確認し、家路に付いた。 翌土曜日。いよいよスピーカーの取り付けである。 一応製造メーカーはパナソニックらしいが、そんなんは別にどんでもよし。 わしの頭の中ではすでに装着デッキは決まっているのだ。 自分立会いの中、1時間半ほどでスピーカー取り付けは完了。 直後、カー用品店におもむき、デッキ取り付けとなった。 待合い室でドカベン・プロ野球編を読んでいるうちに作業終了。時間は30分ほど。 クルマを受け取り、エンジンをかけるとオートアンテナが伸び始め、スピーカーからはラジオの音が! 感涙にむせび泣きながら家路に付こうかと思ったけど、何か知らんがいつのまにか100キロほど走っていた。 で、MDデッキの音質もまぁまぁで合格点。 やっと我が野望の一つが成しえたのである。同志ハタ氏の家に襲撃をかけようと思ったが面倒なので結局やめた。 と、いう訳で、ロードスターを買うときのオーディオ選びは慎重に。というお話しでした。 |