人間不信の第一歩

 週末の深夜。某ゲームをプレイ中に「痴漢」という単語が出てきて、ふと昔遭った出来事を思い出した。
 ちなみに特にいかがわしいゲームではないので、誤解無きよう。18禁ではあるけど。うはは(照れ笑い)。

<1>
 5年ほど前のことだった。
 当時の自分はまだ都内の仕事場で働いていたため、毎朝毎晩スーツ姿のサラリーマンでごった返す満員電車に揺られていた。
 そんなある日のことだった。
 ちょっと残業が遅くなり、電車はいつもより混雑気味だった。
 ヤレヤレと思いながらも肩からずり落ちそうだったリュックを肩にかけ直し、混雑する車内に潜り込むように乗り込んで、ポジションを確保した。
 満員電車では意外とこのポジション確保が大事なのだ。重心がきちんと脚の間に来るようにしていないと、思わぬ無理な姿勢を強いられることになり、電車から降りる頃には全身から悲鳴を上げかねない状態になってしまう。
 その日は最初のポジション確保はうまくいった。向かい合うオッサンの顔もなく、つり革もつかめる位置にあり、まさに絶好のポジションであると言えるだろう。今日はビールで祝杯でもあげようか、そう思っていた矢先の出来事だった。
 ドアが閉まる直前。人民の大移動が起きた。ドアからはみ出して乗り込んでいた人々が一斉に車内に押し込められるために起きる現象である。
 自分のポジションもそれに伴い大きく動かされ、ドアが閉まって電車が動き始めたとき、目の前が急に白くなった。
 「?」
 一瞬意識がホワイトアウトしたのかと思ったが、そうではなかった。
 自分の身長は決して高くはないが、低すぎというわけでもない。確かに平均身長よりはやや低いが、それでもそこらを走り回っている小学生よりは絶対大きい。
 眼前にある白いモノ。ソレは洋服だった。季節は夏。ちょっと厚手のTシャツだった。
 それだけであったら全く問題はない。よくある光景だ。しかし、そのTシャツを着ているヒトが問題だった。
 電車が揺れて、そのTシャツに顔が押しつけられた。
 『こ、こ、こ、この感触はぁっ…』
 暑さのためにかいていた汗が、一瞬で冷や汗に変わった。
 目の前にいるTシャツ姿の人物は、身長190cmはあろうかという体格のよい女性。ゆうに頭一つ以上身長差があった。
 自分が顔を押しつけられた部分は、まさにその女性の胸の谷間であった。サイズはDはあっただろうか。
 このような状況でもついそんなことを考えるのは、悲しい男のサガだろう。
 しかし、いつまでもその状況に甘んじているわけには行かない。
 『いかん、不可抗力とは言え、このままだと痴漢扱いされてしまう。やばい、やばいよジョスターさん』
 恐らく一度であれば「事故」だろう。しかし二度目は「故意」ととられても仕方がない。
 状況を打破すべく体勢を変えようと努力するが、乗車率300%にも達しようと言う車内にそんな余裕はどこにもない。逆にヘタに動いたら余計に怪しまれる。
 しかし、だからと言って、露骨に顔を背けるのもどうかと思った。これではその女性のプライドを傷つけやしないだろうか。
 様々な葛藤の末、小声で「す、すみません」と謝ると、ムプフーっと顔に鼻息がかかった。どういう意味なんだろう?
 その後下車駅まで状況は変わらず、電車が揺れる度に谷間に顔を埋めてしまうという、天国のような地獄のような状況が続いた。
 結局最後まで痴漢扱いされずに済んだが、痴漢扱いされて泣きながら駅員室に連れて行かれる絵を想像すると、情けなくなって夏だと言うのに背筋のあたりが冷たくなるのだった。

 今であれば「おいしい状況」と取られるだろうが、実際意図せずいきなりそのような事態に放り込まれると、たぶん今でも同じコトをするだろうと、曇天の夜空に向かって目を細めつつ、やっぱりちょっとおいしかったのかなとか思ったりしてみた。



<2>
 5年ほど前のことだった。
 当時の自分はまだ都内の仕事場で働いていたため、毎朝毎晩スーツ姿のサラリーマンでごったがえす満員電車に揺られていた。
 そんなある日のことだった。
 朝、駅の売店で定期購読していた週刊誌を買い、駅のホームで買ったばかりの週刊誌を読みながら電車を待っていた。
 笑いを押し殺しながら読んでいると、生温い風を巻き上げつつ電車がホームに滑り込んできた。
 人波に押されるようにしながら車内に入り、ベストポジションを確保すべく素早く窓際と逆サイドのドア脇を確認し、ドア脇の手すり近傍を確保した。
 手すりに背をもたれ、週刊誌の続きを読み始めた時だった。
 財布の入っているGパンの尻ポケットのあたりに何かが触れた。
 『スリか??』
 一気に身体に緊張が走った。財布を引き抜こうとしたその時が勝負だ。
 ゆっくりと右手を降ろし、戦闘態勢に入るべく、気を集中させた。
 右手の筋肉の動きに問題はない。尻ポケットまでの手の動きをシミュレーションし、その軌跡上にも障害物がないことを確認する。
 誰の手かは知らぬが、オレの財布を狙うとは哀れなことよ。そのまま病院送りにしたるわっ!
 尻ポケットに触れている手に変化が生じた。
 なぜかポケット入り口に手が動いていかず、尻中央部へと移動している。
 「???」
 なんじゃ? 逆サイドは定期券入れがあるだけだぞ。まさか定期券を狙っているのか?
 左手は雑誌を抱えている。まずい、これでは素早い対処が不可能だ。
 雑誌を右手に持ち換えようとした時だった。
 何かを探るような手つきが、なでる手つきへと変わった。
 その瞬間、背筋に冷たいモノが流れた。
 「!!」
 ま、ま、間違いない。こ、こ、これは
 痴漢だ! (痴女かもしれんが)
 確かに髪を長く伸ばしてポニーテールよろしく縛っているとはいえ、体格はよい方だと思っている。間違うことなどあるのだろか。
 ってことはナニか? 男専門? マジっすか? ホントっすか? そんな世の中っすか?
 脳裏に以前スーパーテレビかなにかでやってた、痴漢に遭った女性のインタビュー姿が浮かんだ。
 「怖くて声が出せずに、されるがままだった」
 なるほど、確かにこいつぁ怖い。っていうより、気持ち悪りぃ。でも、このままほっといたらこのナマモノはなにをやるんだろう?
 ちょっとした好奇心が生まれるところだったが、触っては離れ、触っては離れを繰り返されているとやっぱ気持ち悪いので、次の駅で一旦降りた。思いっきり屁を放るという案も出されたが、周囲にBCウェポンを散布する結果となるため却下。
 降りるとき人民の大移動があったので犯人の確認は出来なかったが、自分の背後だっただろう位置にはオッサンがなに喰わぬ顔で立っていた。呆れてモノも言えずにそのまま降りたのだが、やはり若輩者なれど世の中の仕組みというやつを身体に教えた方がよかったのだろうか。
 後にも先にも、コレが生涯一度の痴漢体験と相成った。
 それ以来、しばらく満員電車では財布の心配より尻の心配をするようになってしまった。
 そしてその日一日は激鬼ブルー状態だった。

 つーわけで、痴漢のことをふと思いだしたわけだが、気持ち悪いからやるなと自分は言いたい。
 ちなみに今は髪は短いデス。めんどくさくなって、切リマシタ(建て前)。



戻ります。