決勝レースが終わり、1コーナーをゆっくりと流す。 相変わらず古式さんは真横にぴったりとつけて走っている。前を向いているので表情は見えない。 こっちはこっちで訳が判らず、相変わらず頭の中はパニック寸前になっている。 ぐるりと一周まわり、最終コーナー手前でピットロードに入って自分のピット前にクルマを停めた。 一呼吸ついてクルマを降り、ヘルメットを脱いでチームゆかりのピットに向かう。 さっきの理解不能な行為の真意を聞くためだ。 古式さんのピットはコントロールタワー横なので俺のピットからは7つほど先だった。 見るとさっきまで一緒に走っていた古式さんのクルマもすでにピットに停まっている。 でもまだ中でヘルメットが動いているので降りてきてはいないようだ。 降りてピット奥に行ってしまわないうちにと、小走りで急ぐ。 チームゆかりの女性スタッフの一人がこちらに気付いたのか、ちらりとこちらを見た後にクルマの中の古式さんに何か話しかけている。 俺がピットに着くのとほとんど同時に古式さんがクルマから降りてきた。 「まぁ、高見さん。楽しいレースでしたねぇ。あなたはいかがでしたか?」 相変わらずの口調だ。にこりと微笑んだ顔にまたもペースが乱される。 「あ、うん」 なんて間抜けな返事をしてしまった。 「さぁ表彰式がもうすぐ始まりますよ。一緒に参りましょう」 やっぱり駄目だ。どうにもイニシアチブを取られてしまって言いたいことも言えない。 「あ、あのさ、ひとつ聞きたいんだけど、いいかな」 ようやくなにしに来たかを思いだしてそう言うと、 「はい、なんでしょうか?」 と、まじまじと俺の顔を見る。 美人って感じじゃないけど詩織と違ってなんだかほんわかとした可愛らしさがある。 でもうーん、そうやって見つめられるとなんだか意識しちまって余計に話しにくくなるなぁ。なんだか照れる。 「なんでしょう?」 そう促されてようやく俺も口を開くことが出来た。 「あ、さっき最終ラップでいきなりコース開けたけど、あれってどうして?」 「ああ、あれですか。なんだか高見さんが前へ行きたそうでしたので、それで道を開けました」 「は?」 「でも、どうせならと思いましたので、横に並ばせていただきました。ご迷惑だったでしょうか」 「は?」 やっぱり訳が判らない。前に出たがってたので道を開けた? 本気なのか冗談なのか…でもこの古式さんの表情は冗談を言ってるようには見えない。 「で、でもレースだよ? なんで?」 「あー、駄目駄目。ゆかりってば全然勝ち負けにこだわらない子だから」 いきなり後ろからいつぞや聞いたやかましい子の声が聞こえた。 「あら、夕子さん」 俺の肩ごしに古式さんがその子を見ている。 「いつも『レースなんだから、1番をとらなきゃダメだー』って言ってるのにこんな調子なのよ」 「わたくしは、別に1番でなくても構いませんよ」 「だーからレースって言うのは1番をとるためにみんな一生懸命に走るんじゃないの!」 「はぁ、わたくしも一生懸命に走っています」 「同じ一生懸命走るんだったら、ヤッパ1番のほうがゆかりだっていいでしょ?」 「わたくしは、別に1番でなくても構いませんよ」 「だーかーらー…」 …なんか不毛な会話だな。 でもどうやら古式さんは勝負にはこだわらずに、ただ楽しく走ってるだけなのか。 それにしては腕前のほうはそうとうのものだけど。なんだか勿体ないな。 にしても、さっきまではあまり気分が良くなかったけど、古式さんと話しているうちにカラリとした気分になっているからホント不思議な子だな。 「でも勿体ないよ、古式さん。もう少し1番にこだわったほうがいいかも」 そう言うと古式さんはしばらく不思議そうな顔で俺の顔を見ていたが、 「……・・はぁ、そうですねぇ。ではもう少しがんばりましょう」 「そうそう、その方があたしたちも張り合いがあるってもんよ」 そう言えば今ごろ気がついたけれど、このチームゆかりのスタッフの面々には結構女性が多い。 古式さんが中心となって作られたチームだからだろうけど、結構華やかな感じだな。男のスタッフもいるけどなかなかアットホームだ。やっぱこの古式さんの性格によるところも大きいのかな。 さて、こんな事をしている間に表彰式の時間が迫ってきていた。 コントロールタワー下に集まれという放送がかかり、ドライバーや関係者たちがぞろぞろと集まる。 ドライバー達が集まったところで順位の発表が始まった。 最後古式さんと並んではいたけど、俺のほうが後ろかなと思ってたらなんと1位だった。 1位とは言えあんな勝ち方だったんであんまり歓べないけど、「おめでとうございます、高見さん」と古式さんが自分のことのように歓んでくれたので、もやもやした気分が何となく晴れた気がした。 初出場でいきなり表彰台。 かなり照れる。 3位から順番にカップが渡されていた。 2位の古式さんもカップを貰ってうれしそうだ。 カップと一緒にレースクイーンがノンアルコールのシャンペンを渡している。 そしていよいよ俺の番。柄にもなく緊張してたりするが、それでもカップを貰って高だかと掲げるのは最高に気分がいい。 まわりからの拍手が妙に照れ臭い。 シャンペンを渡してくれたのは詩織だった。ちょっとびっくりしたけどそう言えばレース前にもタイムボードを掲げてたよな。 ヘアバンドを外して後ろで髪を束ねているので一瞬詩織とは判らないが、それでも面と向かって見ればやっぱり詩織に間違いない。 なにか話しかけようとしたら、 「ご、ごめんなさい」 と小声でささやいて真っ赤な顔でスタッフルームの中に小走りで入っていった。 そんな恥ずかしかったらやんなきゃいいのに。でも頼まれたら断れないような性格だから無理か。 ささやかな形の表彰式も終わり、自分のクルマの待つピットへと向かった。 この公道を走れないレーススペックのクルマはどうするかというと、もちろんローダーに載せて帰るのだ。 いくらなんでもこんなので走って帰ったら間違いなく途中で国家的パンダ車に止められてしまう。 好男を呼んでいるのも一人でローダーに載せるのは結構面倒だからだ。 こんなときプライベーターってのは辛いよなぁ。 コースの中を駆ける夕方の風が顔に当たり、ヘルメットをしていた顔に心地よい。 さっきまでクルマのエグゾーストであふれていたサーキットも今は静かだ。観客席にいた人達も今は誰もいない。 いつもながらこの祭りが終わったときのような静寂感にはなんとはなしに物悲しい気持ちになってしまう。 他のクルマ達は表彰式が終わると同時にさっさと帰ってしまったらしい。そのまま乗って帰れるのはやっぱラクでいいな。 なんて、いつまでも感傷に浸ってる暇もないのでさっさと好男といっしょにピット裏に止めていたローダーにクルマを載せた。 運転は好男だ。なぜか大型の免許を持ってる。なんでそんな大型免許なんて持ってるのか、理由を聞いてもまじめに答えないので理由は知らない。 でもおかげで結構助かってたりする。 「もう帰ってもいいんだろ?」 クルマを積み終えて好男が運転席から身を乗りだしてそう言った。 「ん? ああ、ちょっと待ってくれ。詩織にひとこと言ってから帰りたいんだけど…」 「詩織ちゃんか、かわいいよな。結構俺の好み」 「そうか。それじゃちょっとコントロールタワーの方に行ってくる。5分くらいだから、ちょっと待っててくれ」 「おう、詩織ちゃんによろしくな」 好男の最後の言葉は無視することにして、オフィシャルの事務所のあるコントロールタワーに向かった。 言い忘れたが、もちろんレーシングスーツから普段着に着替えている。 えーっと詩織はどこかな。 事務所の中には姿が見えない。 もう帰ってしまったんだろうか。詩織の性格だと、一言ぐらいなにか言いに来ると思ったんだけどな。 ま、いないものはしょうがない。おとなしく帰るとするか。 と、そう思い事務所に背を向けると、 「あ、公人クン!」 と詩織の声が聞こえた。 振り替えって見ると、普段着に着替えた詩織が立っていた。 どうやら更衣室かどこかで着替えでもしていたらしい。 「今日はご苦労様。で、なにか用事?」 いつもの笑顔でそう言葉を続けた。 「いや、詩織に一応挨拶しとこうかなって。俺たちもう帰るから」 「あ、そうなの。ごめんなさい、ちょっと着替えしてたものだから…」 と、言い終わらないうちに詩織の顔が耳まで赤くなった。 「あ、あれは違うの。他に人がいないから、メグがどうしてもって。わ、私がやりたくてやった訳じゃないのよ」 はて、なんの事だ? いきなりそんな事を言われてもすぐには… 「あ!」 思わず声に出してしまったが、思いだした。 あの時のレースクイーンのことか。まー大方そうだろうとは思ってたけど。それにしても耳まで真っ赤にして恥ずかしがることか? なんかこー、思わずいたずら心が沸き上がるな。よし、ちょっとからかってやれ。 「そのわりにはあんなカッコして、なんか楽しそうだったけど?」 「え? そんな、意地悪なこと言わないでよ!」 ヤバイ、なんかこれ以上言うと本気で怒りそうだからやめた。 「冗談は置いといて、じゃぁ次のレースじゃ詩織はクイーンやらないのか?」 「うん。今日は代わりの人がいなかったから…」 「そーかー、なんだか残念だよな。すごい似合ってたし」 「に、似合ってた?」 「プロポーションいいからな、詩織は。ああいう恰好しても違和感ないぜ」 「もう、ヘンなこと言わないでよ!」 あ、怒った。でも、顔が笑ってる。まんざらでもないみたい。 「さて、じゃあ、俺たち帰るわ。詩織も帰るときは気をつけてな」 「うん、帰りもメグに送って貰うから、大丈夫」 メグってさっきのあのなんだかか細い声の子だろ? あんまり大丈夫って気もしなくもないけど。 「それじゃ」 「うん、またね」 小走りで芳雄の待つローダーに向かう。 「わりわり、ホンじゃ帰ろーぜ」 言いながら助手席のドアを閉めた。 「そういえば、詩織ちゃんレースクイーンやってなかったか?」 「あん? なんで知ってるんだ」 「そりゃ見てたからな。レース」 「オレでも最初気がつかなかったのに、よく判ったな」 「女の子の顔は一度見たら忘れない」 「あっそ」 「でだ、帰ったらじっくりと教えて貰うからな」 「なにを?」 「詩織ちゃんのひみつ」 「…」 無視だな、無視。 今日のレースは貰い物の1位だったけど、次回のレースは実力で優勝しなけりゃな。 そう考えつつ、サーキットをあとにした。 春 1年目 サンデーカップ1 終わり。 |