折り紙
平成6年、ある老人ホ-ム内科担当医の要請で往診する事に決めました。担当医は東大老人第三内科で博士号を取ってからこの病院と老人ホ-ムの勤務医になったため、僕と公私とも良き友になりました。
最初本当に軽い気持ちで往診に行ったのですが、後に大変な事がやっと分かりました。老人達の持病は高血圧、糖尿病以外、老人痴呆症、骨鬆症、骨折、脊柱彎曲症、癲癇…、ほとんどが車椅子で行動する患者でした。その上自己中心な考え方のため、老人達との会話、コンミュニケシュンはとても苦労しました。往診が何年長く続くと、僕も精神的にストレスが大分たまってきました。「往診をやめよう!」と心の中に決めた時に、高宮さんという老人に出会いました。
平成10年12月、高宮さんが受診に来ました。珍しい事に車椅子じゃなくて、看護婦と一緒に自分で歩いてきました。声が大きくて、いままでの老人と違って明るい人でした。一通り総義歯が出来上がった時に、高宮さんはかばんの中からせんべいを取り出して、
「先生!せんべいを噛めない時は入れ歯を返すよ!」
「私はせんべいが大好きだから。」
最初のテストが合格して、次の週に来ると、
「先生!入れ歯を口の中にいれると、顔がおかしい!」
良く見ると、義歯の前歯排列が少し内側によって、顔の豊隆度がたりませんでした。仕方なく、最初から作り直しました。また再製の義歯が出来上がって、せんべいのテストも合格したところで、僕が初めて気付いた事は、気の重かった往診も、実際は老人から生きる尊厳、思いやり…、色んなことを教わっていたという事です。
平成15年10月、高宮さんがまた来ました。診療椅子の上に座ると、
「先生!物を噛むと音が出て、顎、肩、全身おかしくなった!」調べると、義歯が少しゆるいので、入れ歯をすこし足しました。次の週に来ると、
「先生!私はまだ生きている!これをあげる!」
三重の包装紙を順番に開けると、折り紙で作った物が見えました。いろんな色のとても可愛い作品でした。僕は貴重なものを貰った気分でした。「有難う!」と言ったら、
「先生!笑った!」嬉しそうな顔でした。診療が終わると、
「先生!私は脳みそだけ少し壊れたけど、あと5年生きたいから、先生の体も気をつけて!」高宮さんの帰るうしろ姿を見て、心の中で「長生きして!」と叫びました。
なんと、高宮さんはことし85才です。 (福原)