午後7時半、アルバイトを終え、家路についた私は、帰りぎわに立ち寄った コンビニで買いつけた納豆巻きを(280円)を食べながら新聞を読んでいた。 納豆巻き5個のうち、1個を食べ終えた時点で喉の渇きを覚えた私は、何か 飲もうと思い冷蔵庫を開けた。すると、土曜日に買った牛乳が目に飛び込んきた。 賞味期限を一日過ぎている。しかし私は知っていた。 ”腐りかけが美味である”ということを・・・。 自分に「大丈夫、大丈夫」と語りかけながら私は、一人暮しの特権でもある ”直接飲み”をやるべく、牛乳パックを片手に掲げた。しかし、一瞬間、私 の心に警鐘が鳴り響いた。私は、”直接飲み”を思いとどまりコップを取り 出し、それに牛乳を注ぎ入れた。 するとどうであろう、牛乳は「ボタッ、ドボッ」とおよそ液体らしからぬ音 をたてコップに満たされたのである。恐ろしいことである。この頃の陽気も 手伝ってか、賞味期限を一日過ぎた牛乳は、手を加えずとも自然とヨーグル ト化していたのである。 私は驚愕し、それと同時に一人暮しをはじめて3ヵ月目くらいの出来事を思い出した。 その時も私は、冷蔵庫から取り出した牛乳パックを直接口に持ってゆき、舌 が一瞬痺れる程の苦味を帯びた牛乳を口に含んでいるのである。 その日から、牛乳には細心の注意を払ってきたつもりである。 そもそも私は、牛乳が苦手であるし、調子のわるいときに飲むと、必ずお腹 を壊している。したがって私の冷蔵庫に牛乳がある事は滅多にない。 しかし牛乳は体に良い。とかく現代人に不足しがちなカルシウムを手っ取り 早く取ることが出来るのもこの牛乳の素晴らしいところである。 健康に人一倍気を使う私は、そのような理由から極たまに牛乳を購入するのである。 しかし牛乳嫌いには変わりはなく、購入したはいいが、なかなか減らない。 オムレツを作るときに少し使うか、コーヒーに入れるしか私の家の牛乳には 活躍の場はない。 それなら、いつもいつも半分以上腐らせているのか、と思うだろうが、 もったいないおばけを恐れる私は、大体賞味期限ぎりぎりで使いきることに 成功しているのである。 したがって今回の出来事は、私にとって青天の霹靂。 腐りかけがおいしいのにも限度があり、本当に腐っていては体にいいはずの 牛乳も不味いどころか体に支障をきたす事もあるということを肝に銘じたのであった。 皆さんも、賞味期限の切れた牛乳の”直接飲み”だけは、しないで頂きたい と切に願う今日この頃なのであった。 まあ普通の人はしないであろうが・・・
ミチコちゃんの出来事ーその2
M の悲劇 M 君は、ウエイターのアルバイトを始めて約半年、元来のんびり屋である M 君は仕事の最中もその持ち味(?)である天然ボケを否応無く発揮して 他の従業員たちに極めて複雑な笑いを巻き起こしていた。 そんなM君にはアルバイトに来るたびにずっと疑問に思っていたことがあった。 しかしその事には、あの車のCMのBGMはいったい誰の歌だっけという ような謎を解くまでは決して頭から離れないような種類のものではなかった。 それが仕事に支障を来すくらいの大きなものであったのならいくらの んびりやのM君でも直ちにその真相を暴くべく誰かにその疑問をぶつけ、 早急な解決を望んだであろう。 しかし、先に述べたように、その疑問はM君だけが密かに胸に秘めていた ものであって、ややもすれば忘れてしまう程彼にとっても、どうって事の 無いものであった。 しかし、そのどうってことの無い疑問でも、そのままにしておいては喉に 小骨が刺さったような状態で、M君にとっても良いわけがない。 機会があれば誰かに聞いてみようとM君は密かに思っていた。 そのM君のどうってことのない疑問とは、アルバイトに来るたびに誰もが 必ず一度は目にするであろうシフト表についてである。 お店によって書き方は様々であろうが、大抵のところがそうであるように、 そこのお店のシフト表もその日に出勤する人の名前が書いてあり、その人 がどの時間帯に何時間働くか一目で分かるよう縦書きの棒グラフ状になっ ていた。 また、シフト表に書いてある順番も、社員の偉い人からアルバイトの古い 人と順番に書かれていた。 M君はこのお店で働いている人は大抵知っているた。 話したことがなくても、その人を見れば「ああこの人が〇〇さんか」と納 得することが出来た。 それもその筈、M君がアルバイトを始めてから新しいアルバイトがは入った にはは入ったが皆すぐすぐ辞めてしまい、半年たった今でもM君がアルバイ トを始めた当初と大きなメンバーの変化はないからである。 しかしそのM君にも一人だけ知らない人物がいた。 シフト表の一番最初に書いてある "三石" という人である。 マネージャーの菊地さんよりも名前が上ということはかなり偉い人である ことは間違いない。 しかし、名前は見えども姿は見えず、M君はなぜいない人の名前がいつも シフト表に書かれているのか不思議でならなかった。そこである日、M君 は前々からずっと疑問であったこの事を尊敬して止まない店長に質問して みた。 「このシフト表の一番上にある"ミイシ"って誰ですか。いつも名前がある のに来てないじゃないですか」と。 店長はすかさず答えた 「オレだよ、しかも "ミイシ" でなくて "ミツイシ" だ」 M君がアルバイトを始めて半年ほど経った日のことである・・・・。
ミチコちゃんの出来事ーその3
生命の神秘を見た! =オマールエビ、ユキオ君の更なる成長= 西新宿の地下道添いに店舗を構える中華料理店 ”謝朋殿”において、 驚くべき出来事があった。 その中華料理店 ”謝朋殿”には、水槽があり、オマールエビが一匹 (命名ユキオ2世、1世は半年ほど前に黒豆ソース炒めとなり一生を終える。) とアワビが3匹飼われていた。いつものように朝礼が終わり、アルバイトの AさんとBさんは、お客さんが来店するまでの一時、おしゃべりに興じていた。 すると、昨日まで元気だったはずのオマールエビ2世(後、ユキオ君) の様子がおかしい、体を横たえ、お腹をこちらの方へ向ける格好をしている。 AさんとBさんはその様子に気づき、三日ほど前に与えたイカの切り身があたり、 ユキオ君は息を引き取ろうとしているのだと思って疑わなかった。 しかし、一人二人とお客さんがきて水槽から目を離した5分くらいの間に、 その事件は起こった。A さんは弱っているユキオ君の様子が気になり水槽に 目を向けると、なんと、横たわっていたユキオ君が 2 匹になろうとしていた。 そう、ユキオ君は脱皮をはじめたのだ。ユキオ君は死にそうだったのではなく 更なる成長を遂げようとしていたのである。 それもそのはず、昨日までのユキオ君は同居しているアワビを水槽から はがそうとするくらい体力が有り余っている様子であった。そもそもユキオ君 は食用である、それがなぜ今まで生き長らえているかというと、メニューから オマールエビ料理が無くなったからである。 したがって、ユキオ君は料理として出されることもなく、一命を取り留めてい た。しかしその店では水槽の中の生物に餌を与える習慣はなかった。 となると、いくら料理される心配は無くなったとしても、人間がそうであるよ うに、何も食べていないオマールエビのユキオ君の体力にも限界が訪れること は云うまでも無い。 弱っていくユキオ君を見兼ねたA さんが始めて餌を与えたときは、体が斜めっ ているほどユキオ君の体力は限界に近づいていた。考えてみると、A さんが イカを与えるまで三ヶ月あるいはそれ以上、ユキオ君は絶食していたことになる。 それが餌を与えた途端、同居しているアワビを引き剥がそうとするとは、言語道断 である。それを見たA さんは他のアルバイトの人達と相談して、ユキオ君を懲らし める意味でも、またしばらく餌を与えず、少し弱らせようと考えたほどである。 そんなユキオ君がその次の朝に死ぬはずが無い。ユキオ君はさらに狂暴化するため 脱皮したのだ。封印されていた鋏も脱皮により解禁となりユキオ君にとっては鬼に 金棒である。 しかし、所詮囚われの身、ユキオ君が餌をもらえるかどうかは、Aさんの気分次第 であるという。Aさんによるとしばらくはエサを与えずに様子を見るそうである。 とすると、ユキオ君がエサにありつけるのは再び体が斜めってくるくらい弱ってき たときに違いない。 九死に一生を得たユキオ君の人生、否、”エビ生”も前途多難である。 ユキオ君の運命はイカに・・・